第18話 学ぶことは一緒に進むこと
記事を読み進めていくうちに、ロッティはある一文に指を止めた。
――“人数が少ない分、みんなが助け合って勉強した”
その言葉だけ、やけに胸に残った。
「Like family... small but warm.」
《家族みたい……小さいけど、あったかい》
美央が横からのぞき込む。
「少人数教育の意義、って切り口でまとめようか。データも探せばあるし」
声は冷静で整っている。
だけどロッティの視線は、その“助け合う”の四文字に釘づけだった。
「Mio, what do you think? Studying together—is that efficient?」
《美央、“一緒に勉強”って効率的?》
「うーん……効率ではないけど、悪いことでもないと思うよ」
答え方は“正解”を探すような調子。
「For example, what kind of good thing?」
《たとえば、どんなところ?》
「一緒にやると、ただ勉強するだけじゃなくて…“シナジー”が生まれるんじゃない?」
「Synergy? Do you mean a synergistic effect?」
《シナジーって? 相乗効果ってこと?》
「Yes. One plus one is not two. It's more.」
《そう。1+1は2じゃなくて、もっと大きい》
ロッティは小さく息を吸って言った。
「...That's true. I feel like I get closer to the answer with you than by myself.」
《……確かに。ひとりでやるより、美央と一緒のほうが、答えに近づける気がする》
美央が一瞬、手を止めた。
「……心、か」
ロッティは静かに続ける。
「Maybe learning is not about speed. It's about heart.」
《たぶん学ぶって、速さじゃなくて、心のこと》
美央の視線が揺れ、少しだけ遠くを見る。
「アメリカの学校では、どうだったの?」
ロッティは短く考え、言葉を選んだ。
「Many students. But I quit. I didn't fit.」
《たくさん生徒がいた。でも、合わなくてやめた》
「Then I studied alone. Only me and the teacher.」
《それからは、先生と私、二人だけ》
淡々とした声の奥に、少しだけ痛みがにじんだ。
「Mio, what about you?」
《美央は?》
美央は少し息を吸って答えた。
「ずっと、この田舎の学校のまま」
「Wasn't it fun?」
《楽しくなかったの?》
「田舎が嫌で中学受験したけど、落ちて……今は学校と塾の往復」
ぽつりと落ちた声。
窓の外で、風がガラスを細かく鳴らす。
「でも、小学校のときにね。友達に勉強を教えたら“わかった!”って笑ってくれたことがあって……あれは、うれしかったかな」
そのとき、美央の横顔がふっと柔らかくなった。
ロッティは迷わず口にした。
「So, you were already a teacher.」
《じゃあ、美央はもう先生だったんだね》
「そんな大げさなことじゃないよ」
美央はそう言いながらも、笑みはどこか誇らしげだった。
***
数週間後。
掲示板の前に、人だかりができていた。
N県新聞論説コンクール・中学生の部 最優秀賞
『小さな学校 少人数教育の意義』
古村美央・Charlotte Grace Hart
ロッティは思わず両手を上げた。
"We did it!"
美央は目を見開き、そしてふっと笑った。
控えめなのに、どこか晴れやかな笑顔だった。
全校朝会。壇上に立つ二人。
円城寺校長が「温かさのある論説だった」と評する声を聞きながら、
ロッティは隣の美央を見た。
緊張しているのに、誇らしげで、少し照れている横顔。
「受賞の言葉をどうぞ」
マイクの前で、美央が静かに息を吸った。
「……ありがとうございます。私たちは、勉強のやり方も、考え方も、話す言葉も違いました。
でも、最後に気づいたんです。二人とも、同じことを学んでいたって」
少しだけ間を置いて、美央ははっきりと言った。
「それは――一緒にする勉強は、楽しいってことです」
ロッティは胸の奥があたたかくなるのを感じた。
拍手が広がる。
ロッティは小声で囁く。
"Perfect speech!"
美央は照れくさそうに笑った。
その笑顔は、これまででいちばん自然だった。
***
放課後。校門を出ると、空は薄紫に染まっていた。
冷たい風が、ふたりの頬を優しく撫でる。
「日本語、上手くなったね」
「美央の教え方が上手だから」
「お世辞まで言えるようになったんだ?」
「お世辞じゃないよ!」
ロッティが頬をふくらませると、美央がくすっと笑う。
そして、まっすぐロッティの方を向く。
「今度のテスト、絶対負けないから」
「勉強は競争じゃないよ」
「わかってる。でも、負けたくないの」
ふたりの笑い声が白い息になって空へ溶けていく。
歩く道に並ぶふたつの足跡。
ひとつはまっすぐ、もうひとつは少し跳ねるように。
でも、どちらも同じ方向へ続いていた。
ロッティが空を見上げながら言う。
「To learn may also mean to walk together.」
《学ぶって、一緒に進むことでもある》
美央も同じ空を見上げ、静かに答える。
「学ぶことは、一緒に進むこと……か」
ふわりと雪が落ちてきた。
ふたりの足跡は、やがて白い光に包まれていった。




