第17話 とっとと終わらせるか
外に出ると、風が頬を撫でた。
教室のあたたかさが残っているせいで、外の空気はいつもより少し冷たく感じた。
ロッティは鞄を整えながら言った。
「Mio, are you going home? Same way, right?」
《美央、いっしょに帰ろう》
「Sure, I guess.」
《別にいいけど》
二人は並んで校舎を出た。
空気の匂いは、もう冬の入り口のものだった。
「You don't like Music class?」
《音楽は苦手ですか?》
「That's not on the exam.」
《受験に出ないし》
「Do you think exams are important?」
《受験は大事なの?》
少しの沈黙のあと、美央が言った。
「…To become a doctor, I need to get into a good high school.」
《お医者さんになるために、いい高校に入らなきゃ》
「Doctor? Oh, that's cool!」
《お医者さん! すごい》
夕陽が美央の横顔を照らした。
「My grandfather was a doctor.」
《おじいちゃんが医者だったから》
「So that's why you want to be a doctor?」
《だから、あなたも医者に?》
「It's been my wish since I was little.」
《小さいときからの夢……》
自分の好きな勉強ばかりしてきたロッティと、
夢のために必要な勉強だけを積み重ねる美央。
その違いを、ロッティはうまく理解できなかった。
***
風がやみ、空気が静まる。
美央は足を止め、ふと空を見上げた。
坂の上に夕陽が広がり、街が赤く染まる。
「きれい……」
「The sunset is a refracted red light.」
《夕焼けは赤い光が屈折してできる》
ロッティが淡々と言うと、美央はすぐに返した。
「But knowing that doesn't explain this beauty.」
《それを知ってても、この美しさは説明できない》
ロッティは数秒だけ考え、言った。
「Then maybe… feelings are another kind of science.」
《じゃあ、気持ちはもうひとつのサイエンスかも》
「…そうかもね」
夕風が美央の髪を揺らし、影が長く伸びる。
「You've definitely changed.」
《あんたってやっぱり変わってる》
「Many people say that.」
《よく言われる》
「私もだけど」
美央はふっと笑った。
その笑い方が、ロッティには“二人が似ているかもしれない”という証に思えた。
空の赤はゆっくり薄れ、足音だけが帰り道に溶けていった。
***
窓の外に白い息がふわりと浮かんでいた。
三学期の始まり。冬の朝の光は低く、教室の机を斜めに照らしている。
「はい、今日からの総合学習は、新聞記事の要約です」
亜紀先生がホワイトボードの前でプリントを掲げた。
「優秀なものは県の論説コンクールに応募します」
ざわ、と小さな歓声とため息が混ざる。
「ペアはくじで決めます。公平にね」
ロッティが引いたくじには「2」。
前を見ると、美央も同じ番号を持っていた。
ロッティは思わず笑顔になり、手を振った。
「Lucky! We're together again!」
《ラッキー! また一緒ですね!》
美央は一瞬だけうなずいた。
その表情が「うれしい」なのか「めんどう」なのか、ロッティにはまだ判断がつかない。
けれど――一緒にできる。それだけで心が少し温かくなった。
机の上に新聞の束を広げる。
「Which article should we choose? This one, Nobel Prize? Or this, space telescope?」
《どれにする? ノーベル賞? それとも宇宙望遠鏡?》
美央は無言でページをめくり、指を止めた。
「……これ、どう?」
――『町の分校、春で閉校 児童7人の卒業式へ』
地方欄の片隅にある、小さな記事。
「Small school, only seven students? Why this one?」
《生徒が七人だけ? どうしてこれ?》
「だって、私たちと同じでしょ。少人数学校だし、すぐにまとめられると思って」
どこか淡々とした声。
効率を重んじる彼女らしい選択だった。
ロッティは “That's right.” とつぶやき、記事を丁寧に広げた。
指で一字ずつなぞりながら読む。
知らない漢字には、小さくルビを書く。
――『効率では測れない学びの形』
「これってどう読むの?」と言うより早く、美央が答えた。
「効率は“むだがない”ってこと。“むだのない学びの形”って意味だと思う」
ロッティは頷いて考え込む。
「Then, we write about this? About learning together?」
《じゃあ、これを書きます? 一緒に学ぶことについて?》
「……さてと、とっとと終わらせるか」
美央はペンを握り直し、どこか急いでいるような手つきで記事を持ち上げた。




