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第13話 勉強は楽しくない

部活がなくなり、学校から帰るとロッティは居間で過ごす時間が増えた。

ソファに座り、日本語の演習ノートを開いて翻訳アプリとにらめっこする。


誠が声をかけた。


「ロッティ、テスト勉強しなくていいのか? Are you studying? 」


「ダイジョウブです。誠さん、全部カンタンです」


胸を張って答えるロッティに、誠は眉をひそめる。


「頼もしいけどさ……問題、日本語で書いてあるだろ?」


ロッティは翻訳アプリの画面を見せる。


「Can you understand Japanese? テストは、先生が訳してくれます」


誠が美和の方を見る。

美和は苦笑して肩をすくめた。


「……まあ、そうだけど。でも、ちゃんとした日本語の支援も必要だね」


「じゃあ、お父さんの教育課で予算つけてよ。先生たち掛け持ちで大変なんだから」


美和が明るく言うと、誠は慌てて咳払いした。


「こ、こほん……それで、得意な科目は?」


「数学と曼荼羅です」


「曼荼羅?」


今度は美和が驚く番だった。


「それ、試験範囲じゃないと思うよ」


「違いますか? エンジョウジ先生の講義です」


「えっとね……あれは、雑談?」


美和が翻訳アプリに “idle chatter” を表示させる。

するとロッティは目を丸くし、思わず声を上げた。


「ロッティ、ちゃんと社会の出題範囲、確認してね」


久美の心配そうな顔に、ロッティの胸がざわついた。




***




夕食のあと、風呂から出たロッティは、翔の部屋の前でそっとノックした。


中の気配が止まり、少しして声が返る。


「……誰?」


「ロッティです」


「……何?」


「社会科の範囲、教えてください」


ゆっくりドアが開き、翔が顔を出した。

少し面倒くさそうにため息をつきながら教科書を開く。


「ここからここまで」


それだけ告げると、すぐ机に向き直った。


「アリガトウゴザイマス」


ロッティの視線が、翔の机の数学問題集に向かう。


「これは、xの係数を揃えて引きます」


「なんだ、それ?」


「こっちは3倍、こっちは5倍です」


ロッティは自然にペンを取り、紙の端に式を補助的に書き込んだ。

そのとき、ふわりと揺れた赤い髪が翔の頬に触れる。


「……っ」


小さな息の音。

ロッティははっとして身を引いた。


翔はすぐに視線をそらしつつも、目の前の式を解き進める。


「……できた、けど」


「そうです! You did it!」


ロッティの明るい笑顔に、翔も一瞬だけ口元をゆるめたが――すぐに顔をそらした。


「……もういいよ」


短い言葉とともに、翔はロッティをそっと廊下へ押し出す。

ドアが閉まる音が静かに響いた。


――Did I do something weird?

  《私、何か変なことした?》


胸の奥に小さな波紋が広がる。

けれど、その正体はまだ言葉にならなかった。




***




午後の社会科。

円城寺校長が教科書を片手に教室の前に立つ。


「今日は自習じゃ。みんな、試験勉強に当ててくれ」


「やったー!」


一斉に声が上がるが、円城寺は口元に人差し指を当てた。


「ただし、静寂もまた学問の友じゃぞ」


「はーい!」


満足げにうなずいた校長が教室を出ていくと、室内の空気がふっと緩んだ。


ロッティはそっと後ろを振り返る。

美央が開いているのは社会の教科書ではなく、分厚い数学問題集。


「美央さん、数学ですか?」


「自習なんだから、好きなことしていいでしょ」


美央はそっけなく返し、ノートへ視線を戻す。

同じ公式が何度も書かれていた。


「なんで同じものを、書くですか?」


「暗記。公式を覚えるの。I remember the formula」


語尾に少し苛立ちが混じる。


「ロッティ、今は……」

ひかりが止めようとしたが、ロッティは首をかしげたまま続ける。


「楽しいですか?」


「は? バカにしてるの?

Studying is not fun. 勉強が楽しいわけないじゃん!」


美央の声が弾け、教室がざわつく。


「そこ、静かに!」


巡回中の真田教頭が鋭い声で入ってきた。


「騒がしいぞ」


しん、と教室が静まる。


そこへ――円城寺校長がのんびり戻ってきた。


「おお、どうしたんじゃ? 何かあったか?」


真田が眉をひそめる。


「……校長先生、授業中に外出は困ります」


「すまんすまん。昨日から腹の具合が悪くてな。いかん、また来た……後は頼むぞ」


そそくさと出ていく校長の背に、教室から小さな笑いがこぼれた。

真田はあきれたように咳払いした。


ロッティは教科書を見つめ、ぽつりと呟く。


「……わたし、何か間違えましたか?」


ひかりがそっと肩を寄せる。


「ううん。間違ってないよ。でもね、考え方はいろいろあるの。

Each person is different」


沙羅もシャープペンをくるくる回しながら言う。


「わたしも少しわかるよ。勉強って、好きじゃない」


ロッティは静かにうなずいた。

窓の外では、秋の雲がゆっくりと流れていた。

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