8話 絶対に刀は使いません!(前編)
真桐は、ビニールに詰めた布の破れたぬいぐるみを見ては、ため息をついた。
事の始まりは、部屋の掃除中に、古くなっていたぬいぐるみを手に取った時、脆くなっていたらしい布が破れてしまったことだった。
中の綿も古くなっていて、諦めて捨てようとしたところ、偶然にも祖母に見つかってしまった。
『人形をそのまま捨てるんじゃない! ちゃんと供養しなさいって言ってるでしょ!!』
昔から、祖母には、ぬいぐるみの捨て方については、口酸っぱく言われていた。
ただ、最近は、祖母が家に来ることは減っていたし、バレないと思っていたのだが、偶然、来てしまうとは、運がない。
「あれ……白亜さん?」
塀の上に屈みながら、なにやら道路にはみ出している枝を睨んでいる、白い狐耳と尻尾の生えた和装という特徴的な姿。
この辺りに住んでいる人なら、すぐにどこの誰かがわかる人物。
「ん? おぉ、波奈やん」
鎹杜神社の使い魔の妖狐で、真桐の幼馴染の瑞希の使い魔である、白亜だ。
「そんなところで、なにしてるんですか?」
塀の上から手を振る白亜に、軽く頭を下げれば、軽い身のこなしで真桐の前に降りてきた。
「道にはみ出してる枝、切ってほしいって頼まれたんや。なんや、カーブミラーのかかってるって、お巡りさんに怒られたらしくてなぁ」
確かに、白亜が指を指す先のカーブミラーには、まだ少し梅の枝がかかっている。まさに切っている途中だったのだろう。
神社の使い魔は、悪い妖怪たちから人々の生活を守っている神聖な存在。
幼い時から、白亜のような使い魔が町にいることは当たり前で、大人たちからはそう教わってきた。
だからこそ、その神聖な存在に、枝を切ってもらうように頼むというのは、大丈夫なのだろうかとは、気になる所ではある。
「見てみ。爺さんから渡されたの、盆栽用のちんまい剪定鋏やで? これで、ごっつい枝、切れるわけないやん」
しかし、見せられた小さなハサミを、文句ありげに弄る白亜は、どうにも神聖な存在というより、近所の気のいいお兄さんにしか見えなかった。
それこそ、瑞希とくだらない口喧嘩のようなものをしている様子なんで、呆れる程見たことがある。
今更、神聖な存在だから、崇め奉れと言われても、難しいかもしれない。
「白亜さん、刀持ってるじゃないですか。アレで切ったら?」
何度か、妖怪と戦う時に、刀を出して戦っているのを見たことがある。
枝よりも大きなものを平然と切っていたし、その刀で、スパッと枝を切ってしまえばいいのではないだろうか。
「そんなんしたら、刃が傷つくわ」
どうやら、頼んできた人も同じことを言ったらしく、思い出しては不機嫌そうに耳をパタパタと動かしている。
「せやから、瑞希と一緒に、納戸で枝切鋏、探させとるけど……期待できそうにないわ」
待っている間に、小さな剪定鋏でも切れそうな、細い枝を切っていたが、これだけ、探すのに時間がかかっているのなら、枝切鋏が見つからないか、錆びているのがオチだろうと、白亜はため息を漏らしていた。
「それより、波奈はなんか用事やったんやないか?」
「あ、いや……その」
自転車に乗っているのだから、どこか遠くに出かける用事だったかと、白亜が問いかければ、真桐はすぐに首を横に振る。
だが、理由を言いかけては、言っていいものかと、戸惑う。
「?」
その真桐の様子に、白亜も不思議そうに首を傾げるが、すぐに自転車のかごに入ったビニール袋の中身に目をやり、小さく声をあげた。
「もしかして、人形捨てに行こうとしてた?」
「あ゛、えっと……そ、そうです……」
鎹杜神社にも、人形の処分を依頼されることも多く、白亜もすぐに合点がいった。
大抵は、遺品整理などで大量に捨てる時に頼まれることが多く、真桐のように、ひとつだけで依頼をしてくるのは、いわく付きの場合が多い。
しかし、かごに入ったぬいぐるみに、そのような気配は、全く感じられない。
単純に、古くなったぬいぐるみを捨てようとして、親などに怒られ、困った結果、親に見つからない、遠くのゴミ箱に捨てようという考えだったのだろう。
「なら、僕が燃やしといたるよ」
ひょいと、ビニールに入ったぬいぐるみをかごから取り上げれば、真桐も驚いたように声をあげた。
「僕にお願いした言えば、納得するやろ?」
「それは、まぁ……」
神社の使い魔である白亜に、ぬいぐるみの処分をお願いしたと言えば、祖母も安心するだろう。
しかし、本来なら、供養代などを払って処分してもらうところを、一銭も払わずに、処分をお願いするのは申し訳ない。
「ええて。別に。知らん仲やないんやし。不法投棄してくるアホよりマシやて」
「されるんですか?」
「結構おるでぇ。人形には、魂が宿る言うて、捨てる前に供養しないとーって言うわりに、供養代はケチって、神社に拾ってもらおうって捨ててく奴」
公園か、公民館かどこかに捨ててこようと思っていた手前、真桐にも少し耳が痛い話だ。
「ほぉーんま、自分の髪の毛も垢も大量についてる人形置いていくとか、度胸あるよな」
笑顔のままだが、ゆらりと白亜の尻尾が揺らめく様に、真桐も頬が引きつる。
何度捨てても返ってくる人形というホラー映画はよくあるが、同じくらい、呪いたい相手の髪の毛を収めた人形を使うホラー映画もある。
目の前の妖怪は、まさしくそういった類の妖術が得意な妖狐であり、真桐も詳しくは知らないが、その様子からして、呪いの類も使えるのだろう。
「そういうのって、呪ったりするんですか……?」
返事はなかったが、笑顔のままの白亜に、たぶん、おそらく、絶対に呪うこともあることだけは理解できた。
「……アンチとかも呪ったりするんですか……?」
あまり深堀はしないでおこうと、話題を逸らせば、白亜は不思議そうな表情をした後、合点がいったように表情を緩めた。
「ん? あぁ、アレは普通にシステム的に、追い出しとるよ。さすがに、ネットのコメントだけじゃ、僕も呪えん」
ムリムリ。と、笑いながら手を振っている白亜は、おもむろのその手を下すと、少しだけ真桐から視線を逸らす。
「もしかして、波奈が見つけた感じ?」




