6話 推し活のお手伝い(前編)
その日、目森が大きな手提げカバンを持って、教室に現れた。
「どうしたの? その大荷物……」
学校指定のカバンとは別に、家具屋でもらうような大きなビニール袋に目を引かれ、つい尋ねてしまう。
すると、目森は気にした様子もなく、そのビニール袋を肩から下すと、瑞希たちにも見えるように、中身を広げる。
「推しの応援グッズ制作キット」
中には、色とりどりのモールやうちわ、画用紙などが大量に収まっていた。
「今日、放課後に部室で作るんだよ。ふたりも来ない? マジで、ゴールデンウィークにイベント重なり過ぎで、手足りなくてさぁ」
「私は部活あるからパス」
真桐が断れば、ふたりの視線は自然と瑞希に向く。
「私は、暇だけど……」
「じゃあ、手伝って! マジで、マ~~~~ジっ! 猫の手も借りたいレベルで! お願い! お菓子奢るから!」
「でも、私、やったことないけど……」
「大丈夫! 教えるし、簡単だから!」
「そ、それなら、まぁ……」
あまりに必死な目森に、瑞希もよくわからないまま頷けば、目森は、それはもう嬉しそうに瑞希の手を取るのだった。
「陽って、手芸部だったんだね」
そうして、放課後になると目森に連れられてきた部屋には、『手芸部』の文字。
目森は、放課後になると、忙しなくバイトに行くイメージで、部活に入っているイメージはなかったが、一年の時から入っているらしい。
「みんな、好きな時に集まってるからねー。文化祭の時に、作品出せば、オッケーって、ゆるゆるな部活だよ」
「へぇ……」
正直に言うと、目森が、大人しく座って、裁縫をしているのは少し想像がつかない。
今年のクラス替えのからの知り合いで、Vactorが好きという以外は、ほとんど知らないのだが、それでもフットワークの軽く、じっくり何かに向き合うイメージはない。
どちらかと言えば、目森が抱えている、大きな袋に入っている、派手な推し活をしているイメージだ。
「おっつかれさまでーすっ! 友達も一緒に連れてきましたー」
「失礼します」
「いらっしゃーい」
部室の中には、部員らしき5名ほどが、それぞれ作業をしていた。
瑞希の印象通りの刺繡をしている人や、なにやら針金を曲げている人など、それぞれが思い思いの作業をしている。
その中には、目森と同じような、うちわと制作している人も。
「あー……うち、手芸部って名前だけど、ハンドメイド系を一緒くたにしてる感じの部活でね」
「そ、そうなんですね……」
「ほら、ぬいとかも大量に並んでるでしょ」
「本当ですね……」
所狭しと並んでいる箱に詰め込まれている、キャラクターのかわいらしいぬいぐるみや、作り途中と思われるものも大量に置かれている。
「目森さんに、推しうちわ作りに駆り出された感じ?」
「クラスメイトの御園生瑞希ちゃんです!」
「御園生です」
「よろしくねぇ。みんな、自由にやってる部活だから、好きに使って。あ、お菓子食べる?」
「ありがとうございます」
先輩たちに渡されるお菓子を食べながら、大きな袋から材料を取り出している目森の方へ目をやる。
「陽ちゃんは、推しが多すぎるの悪い! 諦めて、もう少し絞りなって!」
「そうやって絞ろうとして、何故か増えた推しの数よ!」
「わかる自分がイヤになる……!!」
何やら、同じく、うちわを作っている部員と盛り上がっているらしい。
「ゴールデンウィークだから、みんな、色々イベントが入ってるみたいでね。みんな、必死なのよ」
「私、何も知らない初心者なんですけど、大丈夫なんですかね……?」
「大丈夫大丈夫! 紙を切って、デコって、貼るだけだから!」
「なんだったら、こっちも手伝ってくれていいよ!」
「せめて、やり方教えてね……?」
目森たちの言う通り、作業自体は、それほど難しくはなかった。
既に、目森が画用紙には、文字を印刷していたし、それを丁寧に切って、うちわに貼り付ける。
センスが必要そうな飾りつけの部分は、目森が担当して、瑞希はとにかく、文字を切り出して、出来上がったうちわの周りにモールを貼り付けていた。
「随分、数が多いね」
ただ、その数が多かった。
「今度のイベント、単独じゃなくて、集団なんだよねぇ。だから、全員分作んなきゃじゃん?」
「そういうもんなの?」
「いや、全員分の個別うちわは、普通はしないって……共用と推し用くらい」
「そ、そうなんだ……そうなると、サイリウムとかも大変そうだね」
うちわのモールも、色が大量にあった。
いまいち、Vactorのイベントやライブのイメージはつかないが、イメージカラーに合わせたサイリウムを振ってるイメージはある。
これだけの色のうちわに、サイリウムまで持っていったら、中々の大荷物になりそうだ。
「サイリウムは、最近のはまとまってるんだよ。ほら、こんなん」
見せてくれたのは、おそらく彼女が推しているであろうグループのロゴが書かれたサイリウム。
電気をつけて、手元を回せば、色が変わっていく。
「へぇ……すごいね」
赤、黄、緑、青、青、赤--
「…………」
もう一周すれば、赤と青は、微妙に色味に違いがある。
「…………」
同じグループ内で、こんな誤差みたいな色を使うのか。
会場で間違った色を付けている人もいるんじゃないだろうか。
つい、口から出そうになる疑問を、瑞希はそっと飲み込んだ。
「あ、でも、瑞希も最近、きつねさんにハマってるでしょ」
「へ!?」
「最新の配信、全部追ってるじゃん」
配信の内容をチェックする手前、目森の言う”きつねさん”こと、白亜の配信の話題については、全てついていけてしまう。
結果として、ハマっていると思われているらしい。
「あのゆる~~って感じの配信いいよねぇ。月見さんのいい声で作る料理も、マジ渋って感じでさぁ」
「そ、そうだね」
本当は、自分の使い魔だから、配信をチェックしているだけだ。なんてことは、もちろん言えない。
なんとなく、曖昧な返事になってしまうが、目森は特に気にした様子もなく、話を続けてくれているのは、瑞希も助かった。
「きつねさん?」
「最近、ハマってるVでさぁ。あ、見る? めちゃイケだから」
「Vでしょ? リアルにイケメンかは別でしょ」
「ネットの顔がイケメンなら、イケメンだから」
そう言いながら、手慣れたように配信のアーカイブを流し始める目森。
瑞希たちの時もそうだったが、本当にフットワークが軽い。
先輩たちも、作業を続けながら、時折、白亜の配信へ目をやる様子に、瑞希は妙な気恥しさを感じるのだった。
「いやぁ……きつねさん、その内、跳ねると思うんだよねぇ。てか、もう企業から、声掛かっててもおかしくないと思ってる」
「いやいや。Vだって大分増えたから、そう簡単じゃないでしょ」
「でも、この堂々とした余裕っぷり! まだまだポテンシャルはある! アタシはずっと追いかける!! 大丈夫! なんたって、一時間で東京に行けるからね!! ライブ、イベントなんでもござれ!」
完成したうちわのひとつを振っている目森に、全員が苦笑いを零してしまう。
その内、白亜のうちわも作るのを手伝うことになりそうだと、想像しては、さすがにそれは断ろうかと、瑞希は心の中で小さく頷くのだった。
「一応、ここも東京なんだけどなぁ……」
「ビルじゃなくて木が生えてる市は、東京にあらず!!」
「びっくりするほどひどい」
「西東京全員を敵に回したね」
確かに、東京というより埼玉だとか言われている地域ではある。
しかし、東京は東京だ。23区だけが、東京ってわけではない。
「でも、埼玉からの方が、都内に出るの早くない?」
それは言っちゃいけない。




