5話 狐にとっては暇つぶし(後編)
「お、やっとるやっとる」
「ゲ……」
「あれ、白亜」
境内に落ちていた枯葉やゴミをまとめてると、風呂敷包みを持った白亜が、ゆったりと階段を上がってきた。
「もう終わりそうやな」
「うん。白亜は?」
「お迎え。あとこれ、吽野から」
紬希たちにも見えるように持ち上げた風呂敷に、紬希も嬉しそうに頬を緩めた。
「毎回、ごめんね。連絡くれれば、黒天に取りに行かせるよ?」
「ええんよ。そこの天狗様に頼んだら、せっかくの夕飯が冷めてまうやろ」
「あ゛?」
ピリリと空気が引きつるが、残念なことに、いつものことだ。
どこか馬が合わないのか、顔を合わせると、どちらからともなく、嫌味を口にしては、そこから喧嘩に発展するのだ。
「白亜……」
窘めるように、瑞希がじっと見つめれば、白亜はすぐに空いていた方の手を挙げて、降参するように手を振る。
「いつも大変な思いしとる紬希に、たまにはラクして、おいしいごはん食べてほしいだけやて」
「”姉ちゃんのところにいる使い魔たちは、ろくな家事ができなくて、大変ですねぇ”だとよ」
「翻訳しない」
瑞希の肩に肘をかけながら、黒天が、白亜に聞こえるように口にすれば、白亜の笑みが深まる。
白亜の皮肉はわかりにくいことも多いが、黒天の翻訳も大分歪曲している。
歪曲、してる。と、思う。
「まぁ、事実だからな」
こういう時に、大雑把にまとめてくれる阿文は、本当に頼りになる。
風呂敷を預かろうとする阿文に、白亜が少し慌てた表情をして、阿文の手から離れようとするが、少し間に合わなかったのか、バチリと静電気のような音が響く。
「…………」
「いい加減学べや……つーか、ホンマに、何やらかしたん? アンタ」
悲しげな表情で、弾かれた手を見ている阿文に、白亜も呆れる。
先程の音は、吽野の術で、阿文に夕飯を詰め込まれているタッパーを触らせないためのものだ。
詳しくは聞いていないが、とにかく阿文は、台所に入ることは禁止され、料理なども絶対にするなと言われているらしい。
あの温厚な吽野が、料理ばかりは、術をかけてまで、阿文に触らせないようにする辺り、相当何かをやらかしたのだろう。
「特に何もやっていないんだがな……」
「絶対、なんかやらかした奴が言うセリフやな……」
一度、白亜も聞いたことがあるが、吽野の「聞きたい?」という冷たすぎる笑みに、すぐに断った。
わざわざ、地雷原に入る必要はない。
仕方なく、黒天がその風呂敷を受け取れば、ほのかに香る味噌の香り。
「……サバの味噌煮!」
「せいかーい」
「瑞希……」
楽し気に、したり顔をしている瑞希と白亜に、紬希が少しばかり呆れてため息を漏らす。
*****
「じゃあ、気をつけて帰るのよ」
「はーい」
「おじゃましましたぁ」
手伝いを済ませ、紬希たちに見送られながら、帰路につく頃には、すっかり暗くなり始めていた。
「ねぇ、白亜」
「んー?」
「もっと、チャンネルを盛り上げたいとか、有名になりたいとか、そういうのないの?」
先程、黒天も言っていたが、きっと白亜がもっと真面目に活動すれば、有名な配信者になることもできるのだろう。
平日の昼間だけ雑談配信にしているのは、瑞希にバレないためと思っていたが、今も変わらず、配信時間は平日の昼間だ。
その時間の配信では、仕事や学校に行ってる人は見ることができず、知名度も上がりにくい。
こうして、瑞希にもバレた今なら、夜に配信することもできるし、それで視聴者も増えるかもしれない。
「ないなぁ」
「え、そうなの?」
しかし、返ってきた答えは、否定的なものだった。
あっけらかんとした様子で、白亜は手を横に振っていた。
「ないない。そないなことしたら、瑞希と一緒にいる時間少なくなってまうやん」
「そこ?」
「僕にとっては、一番、大事やで?」
意外な答えだったが、嘘ではなさそうだった。
「言うてるやん。あくまで、アレは、おもしろそうってだけの暇つぶしみたいなもん。瑞希たちを蔑ろにしてまでやるもんやないて」
「そうなんだ……」
三年も続けているにも関わらず、随分とあっさりしている言葉だった。
何百年と生きていると、三年なんて、とても短い期間なのかもしれない。
瑞希が、白亜の背中をぼんやりと眺めていれば、ふと白亜の耳がピクリと揺れる。
「ま、本当に有名になりたいとか、稼ぎたいとかなら、僕、その辺、得意やで?」
ふと振り返った白亜の目と、瑞希の目が合う。
その表情は、昔から変わらない、悪戯をするような表情で、つい瑞希の表情も引きつる。
「なんなら、瑞希をプロデュースしたってもええで?」
案の定、ろくでもないことを言い始めた白亜。
「結構です!!」
すぐに瑞希も否定した。
白亜も不満そうな声を漏らしている。
「女の子って、アイドルとか、女優さんに憧れるもんやん」
「仕事にしたいとは思ってないからいいですー」
「なんや。自信がないだけやったら、どうにでもなんのに」
「フッ……何年一緒にいると思ってるの。白亜のやり口なんてお見通しだ!」
「人を詐欺師みたいに言うなや」
うっかり、自分にはできないなんてことを言ってみろ。外堀から埋められる。
アイドルになるなんて大それたことじゃなくても、発表会での一番最初の拍手だって、自由研究の紹介文を作ってもらった時だって、自然と人を巻き込んで、当人すらも流されるような流れを作るのだ。
それが、白亜のやり方。
不満そうにこちらを見ている白亜に、瑞希はしたり顔で微笑む。
「いやー今日のご飯はすっごくおいしいぞぉ!」
「はいはい。そらよかったわ」
少しだけ足取りが軽くなった瑞希の足音が並ぶ音を聞きながら、白亜もゆっくりとまた歩き出すのだった。




