4話 狐にとっては暇つぶし(前編)
鎹杜神社へ帰ると待っていたのは、紬希の説教だった。
「瑞希を連れて行くなって、いつも言ってるでしょ!! 未成年なのよ!?」
「私がついているんだ。問題ない」
怒られてもいつもの事なのか、呆れたように答える黒天は、大きくため息を吐き出す。
「だいたい、成人年齢がコロコロ変わるのが悪い。15を過ぎれば、大人だろ」
「いつの時代の話? 今は、18よ」
「18か…………誤差みたいなものだろ。長生きすると、その程度は誤差にしか見えん」
紬希の目が細まる様子に、瑞希が慌てて、ふたりの間に入る。
「まぁまぁ……! 別に、危ないことはなかったし、大丈夫だよ」
「でも、妖怪には会ったんでしょ。知らない妖気、ついてるわよ」
「あー……そう、ね」
あの小さな妖怪たちの妖気が残っていたらしい。
紬希は、そういった気配に敏感だ。隠すのは得策ではない。
「えーっと……黒天の舎弟が増えた!」
「どういうこと……?」
めんどくさそうな顔をした黒天と、本当に意味が分からないという表情をした紬希に、今までの話をすれば、紬希は呆れたようにため息をついた。
「――ってくらいでね」
「そう……まぁ、もう過ぎたことだし、いいけど。危ないことはしたらダメよ?」
巫女としての修行はしているし、祭りの手伝いで神楽を舞うなどくらいはしている。
だけど、先程の黒天と行ったような、歪みや妖怪との対峙は、危険を伴うため、紬希は瑞希にさせたがらない。
実際のところは、結構な頻度で、黒天の強行や不慮の事故で、巻き込まれたりしているのだが、それは不可抗力だ。自分から関りに行ってるわけではない。
代わりに、出張で神社を空けることの多い両親に代わり、姉である紬希が、そういった仕事は行っている。
「わかってるよ。大丈夫。でも、私だってもう少しで、18なんだし、頼ってくれてもいいんだよ?」
「色々頼ってるわよ。役割分担してるんだから、瑞希は瑞希の仕事を優先して」
いつものように軽く躱される言葉に、瑞希も笑顔のまま、少しだけ寂し気に眉を下げてしまう。
「それで、白亜のことだけど……」
白亜の名前に、瑞希も小さく声を漏らす。今日、神社に寄った理由だ。
「母さんは、様子見でいいって言ってるけど、正直、私はやめさせた方がいいと思ってるの」
「なんで? 別に変なことは言ってなかったよ。顔はともかく、部屋とかは、妖術で隠してたし」
「一番問題なところが隠れてないんだけど……」
それは、確かに思った。
今のところ、視聴者のほとんどに、バーチャルな姿だと勘違いされているが、そのままの姿だ。
動画を配信している人の中には、テレビの有名人と同じように、顔をはっきり出している人もいる。
白亜からすれば、その感覚なのかもしれない。
とはいえ、身内の、しかも、仕えている神社がある使い魔だと知られれば、それに伴うリスクは存在する。
鎹杜神社を管理している紬希からすれば、そのリスクの方が心配になる。
「最近は、些細なことでも炎上するでしょ? SNSとかも、炎上してるのを、よく見るし」
「まぁ……でも、白亜はそういうところ、上手だよ?」
年の功というやつなのか、配信を説法というくらいで、俗にいう炎上しそうな内容については、口にしていなさそうだった。
妙なコメントについてもスルーしているようだったし。
嫌な気配を感じたコメントやユーザーは、手摘みで収穫してると言っていたし、対策はしているようだった。
「楽しいとか、やりたいことは、人の迷惑にならないなら、やっていいと思うしさ……」
白亜たちの長い人生を考えれば、禁止ばかりでは、つまらなくなってしまう。
「紬希は少し真面目に捉え過ぎなんだ。少しは肩の力を抜いたって構わないだろ。ましてや、白亜なんだ。何かあれば、自分で対処できる」
「阿文まで……」
使い魔の狛犬である、阿文が困ったように眉を下げながら、瑞希の言葉を擁護する。
「まぁ、配信っていうものが、俺にはよくわからないんだが……世間に公表されている使い魔も多いし、問題はないだろ」
「阿文の思ってる公表とは、少し違うんだけど……」
阿文の思っている公表されている使い魔は、有名な神社や寺にいる使い魔たちで、テレビなどでも紹介されていることがある。
一部では、使い魔たちを推している人たちもいて、勝手に写真を撮って、SNSに上げようとしていた。
しかし、相手は、自分たちより戦闘力も経験もある、使い魔たちだ。
相手にバレずに、隠し撮りすることは難しく、ほとんどの人たちがその場で捕らえられている。
それでも、スマホが普及して、SNSに上げる目的ではなくても、隠し撮りは増えている。
あまりにも増えているため、有名な神社などでは、妖怪たちの姿を写真に写らないような術を張っているらしい。
「ところで、瑞希。お前、アーカイブは全部見たのか?」
いまいち、ネット配信の事を理解できていない阿文に、紬希が説明している横で、珍しく真面目に掃除を続けている黒天に声をかけられる。
「まだ全部は見終わってないけど、なんで?」
「いや、単純に、アレ、おもしろかったか?」
何とも、答えにくい質問だ。
配信について詳しいわけではないが、雑談を主体とする配信であるため、その配信は、普段とあまり変わりはない。
要は、可もなく、不可もなくという話に、配信がおもしろいかと言われると、コメントに困る。
『食事の時に配信がやっているなら、見るかもしれない』という評価がしっくりくるが、それを口にしていいものかどうか。
「……というか、黒天も見たの?」
「挨拶に腹が立って、即切った」
論外だった。
「まぁ、その内容なら、ここから伸びることはあまりないだろ。あのバカ狐が何かしない限り」
「そうなの?」
「個人の雑談配信で、この登録者数いれば十分だろうしな。本当に、無駄に嗅覚がいい……」
古来より、五穀豊穣や商売繁盛を司ると言われている狐の使い魔。
最近では、芸能も司るとも言われているらしいが、長年生きている妖狐であり、その関係の有名な神社に仕えていた白亜は、きっとこの場にいる誰よりも、注目を浴びる時の身の振り方を理解しているのだろう。
だからこそ、今までも、それほど大きな話題にならなかった。
白亜の配信について気が付いたのは、本当にただの偶然だ。
「ま、なんかあったら、京都に叩き返せばいい」
「ひどいなぁ……」
確かに、白亜は元々、この鎹杜神社に仕えていた使い魔ではなく、瑞希が幼い時にやってきた別の神社の使い魔だ。
あまりに馴染んでしまって、昔からいるような気がするが。




