31話 みんなで一緒に勉強って進まないよね(後編)
その日の放課後、教室に残って、瑞希、目森、真桐が問題集を開いていれば、数分も経たないうちに、目森が問題集を閉じた。
「早い早い」
「思った以上にわからなくて、心が折れた……」
「どこがわからないの……」
呆れたように目森へ顔を向けながら、仕方ないと真桐が、目森が閉じた問題集を開き、問いかける。
「わからないところが、わからない」
「これはもう手の施しようがないわ……」
だが、返ってきた答えに、真桐も問題集を閉じた。
「ワァ!! 嘘嘘! 見捨てないでェ!! 真桐せんせぇ!!」
「本物の先生に聞きに行け!」
「わからないところがわからないのに、何を聞けって!?」
逃がさないとばかりに手を掴む目森を、真桐が腕を振るが、離れる様子はない。
もはや、勉強という雰囲気は、すっかり薄れてしまっている。
「だいたい、宿題ちゃんとやってれば、別に赤点取らないでしょ」
「それは宿題が、ちゃんと解ける人の意見!! そもそも、それが解けてないの! やる気云々じゃないの! ねぇ!!」
「まぁ、それはわかる」
宿題として、このプリントを解いて提出すること。と言われても、解けないことも多い。
しかし、解けないからと白紙で提出しても、サボったと教師から怒られる。
全く理不尽なのである。
「だァから、我々は宿題を写させてもらうという行為をしているのだ!」
「半分ぐらいは、本当に忘れてるじゃん」
「うぐ……」
図星を突かれ、目森が苦し気な声を上げているが、真桐は呆れながら言葉を続けた。
「あと、瑞希は別に宿題を写してることはないから、同類にしない」
「ま、まさかのここでも裏切りを……!?」
「いや、まぁ……」
目森には悪いが、先程の使い魔たちに勉強を教わるのは、試験勉強という意味では、効率的ではなく、おすすめはしない。
ただ、宿題がわからない。くらいの内容なら、聞けば、答えてくれることが多い。
それでも、得意不得意はあるらしく、聞く相手は大体決まっているのだが。
「なんて羨ましい……パパもママも、数学は無理って拒否られるんだけど」
「数学は確かに……うちも、白亜か黒天しか見てくれないかも」
それも、教科書を渡した上で、使いそうな公式を一緒に探してくれる程度だ。
それでも、ひとりでやらないといけない、目森に比べては、羨ましい状況だろうが。
「うちに来るのは、ポンポコ親子くらいだし……絶対、数学なんてわかんないじゃん」
プリントを見せても、親子揃って首を傾げている様が、容易に想像いてしまう。
「というか、家に来てるの……?」
少し気になってしまったことを目森に質問すれば、「時々ね」と事も無さげに返された。
あのタヌキ親子が何か悪いことをするとは思っていないし、動画や食べ物の事を考えたら、あの後も目森と会っていてもおかしくはない。
とはいえ、さすがに家に来ているとは思っていなかったが。
「この前、ラグ様のごはん、一緒に食べて、怒られてた。ほら、これ」
見せられたのは、息子タヌキより大きな猫が、息子タヌキの後頭部を踏みつけて、キャットフードの器に頭を押し付けている様子。
そして、驚いたようにその様子を見ている、パパタヌキ。
「…………えーっと、楽しそうだね?」
「野生の動物にエサやったら、ダメじゃない?」
「でも、動画撮った後だったしさぁ」
このタヌキ親子を、野生動物の枠に入れていいかという疑問はあるが、それでも、室内に入れるのはマズい気がした。
「さすがに、パパとママにバレたら怒られそうだから、ベランダから帰ってもらってるけど」
おそらく、気にしていないだろうが、タヌキたちも、その扱いでいいのだろうか。
真桐と瑞希も、何とも言えない表情になってしまう。
「あ、でもさ、パパタヌの方さ、なんかいろんなことできるらしくてさぁ……あ、これこれ。見てよ」
それは動画だった。
音頭を取りながら、ひょいひょいっと、南京玉すだれを器用に扱っているタヌキの姿。
「普通にすごくない……!?」
「すごいっしょ!? なんか他にも、色々できるっぽくってさ!」
折り畳み傘を回しているタヌキの動画などを、瑞希と真桐も感心しながら見ていると、遠くから聞こえてくる教師と生徒の声。
時間を見れば、もうすぐ5時になるところだ。
教室に残っている生徒たちに、下校を促すために教師がやってきたのだろう。
瑞希たちも慌てたように、ほとんど進まなかった問題集を片付けるのだった。
「はぁ~~~~……もうこうなったら、神頼みしかなくね?」
「神の頼る前に、ちゃんと努力してね?」
まだ試験までには時間があるのだから、諦めるには早すぎる。
「でも、あと二週間だよ? 二週間! それだけで、急に頭良くなるとか無理じゃん!」
「赤点回避くらいはできるから、がんばりなよ……」
「がんばるったって、何を目標にぃ……がんばればいいかがぁ……」
ひとつ目の問題から、わからなくて、問題集を閉じるようなレベルで、何を頑張れというのか。
努力の方向もわからなければ、先も見えない。
「細かく区切って、そこまでできたら、ご褒美を用意するとか?」
「ここまで解いたら、配信見ていいとか?」
「配信は垂れ流して勉強してるよ?」
「だから、集中できてないんじゃない?」
真桐の冷たいツッコミに、目森も心当たりはあるのか、目を逸らしている。
「ご褒美の話じゃん! ご褒美!! あ、じゃあさ! 無事、全員補習回避したら、どっか出かけよ!」
「夏休みだし!」と続ける目森に、瑞希と真桐は、顔を見合わせると、事も無さげに頷いた。
別の補習を回避しなくても、夏休みは、一ヶ月以上あるのだから、三人でどこかに遊びに行くくらいはしたい。
むしろ、この三人の中では、バイトや推しのイベントやらで、最も忙しそうなのは、目森だ。
「よォしッ! やる気出てきた! ご褒美に行く場所、明日までに考えとくから、ふたりも考えといてね!」
「いや、勉強は……!?」
「するよ! 大丈夫大丈夫!」
これ、勉強しないやつだ。
瑞希も真桐も、なんとなく想像がついてしまったが、手を振って、反対側のホームへ行ってしまった目森に、ふたりはそっと目を合わせることしかできなかった。




