3話 人の敷地に勝手に入ったらいけません
その日、瑞希は、鎹杜神社の裏手にある山の中にいた。
理由は、数分前に遡る。
神社の手伝いと白亜の件で、鎹杜神社にやってきた瑞希は、境内に向かう階段を上っていた。
「ちょうどいいところに。付き合え!」
影よりも早く、目の前に現れた声は、瑞希の返事を待つまでもなく、瑞希を抱えると、文字通り、ひとっ飛びで山へ飛んだ。
「――今度はなにしたの。黒天」
瑞希は呆れたように、その黒い大きな羽をしまっている使い魔である黒天に問いかけた。
「何もしてない! ホントォォにッ!!! 何もしてない!!」
烏天狗である黒天は、もちろん、他の使い魔同様、瑞希よりもずっと年齢が上だ。
三桁の歳をしているはずだが、子供のように、こちらへ怒鳴ってくるのは、悲しいことにいつもの事だ。
「だから、怒られるんだよ……」
さらに、悲しいことに、黒天の言葉に嘘はない。
本当に何もしてないのだ。本当に。
「ぅ゛……」
仕事をせずに、いつものようにゲームや賭け事に勤しんで、姉の紬希を怒らせたのだろう。
「そもそも! 最近は、あのアホ狐の件でイライラしてたんだ。私は、最後の一撃だけで、罪の数でいえば、7:3くらいで、アホ狐が悪い」
「そもそも、サボるのが悪いと思うけどー?」
頼まれた仕事をサボらなければ、最後の一撃にもならなかったのだから。
いつものこととはいえ、バツの悪そうな表情で、明後日の方向を睨んでいる黒天に、ため息が漏れる。
実際、紬希が怒った理由に、白亜は大きく関わっているのだろう。前代未聞だもの。配信者をしてる使い魔なんて。
「それで? なにすればいいの?」
白亜が関わってしまっていることもあるが、このまま黒天を放置して、紬希を怒らせたままでも困る。
手早く、黒天の手伝いをしてしまおうと、瑞希が問いかければ、黒天もようやくこちらに向いた。
「この辺りで歪みが増えてるみたいでな。それを閉じてこいって言われてたんだ」
「結構、大事な仕事じゃん……なに、サボってるの……」
妖怪たちの住む幽世と人間の住む現世の境界。
それが、”歪み”であり、その歪みを通じて、妖怪や人間が迷い込む。
神隠しなどは、この歪みに囚われてしまったからというものも多い。
つまり、安全のために、とても大事な仕事であり、サボれば怒られるのは仕方ない。
目の前の烏天狗は、そのサボりの常習犯ではあるが。
「うるさい! だから、こうして、改めて来ただろ!」
紬希の代わりに、歪みを探せる、瑞希を連れて。
正直、よくあることで、慣れてしまっている瑞希は、もの言いたげな目こそ向けていたが、諦めたように手で印を組む。
「化生のものか、魔性のものか、正体を現せ」
古くから伝わる呪文の一種。これを唱えることで、幽世の存在を、より強く感知できるようになる。
民間にも、”狐の窓”という形で広まっているが、巫女の使う呪文は、規模と練度が違う。
「うーん……本当に多いね? 小さいは、小さいけど……」
神社の裏手の山のため、黒天を含み、使い魔たちが見回りをして、管理はしているはずだが、歪みが多い。
短期間で、これだけ増えるということは、何か人為的なものが関わっていそうだ。
「場所は?」
「こっち」
黒天と共に、歪みの場所を回っていき、歪みを直していく。
巫女である瑞希も、歪みを直す方法は習っているが、黒天の方が手慣れているし、本来、黒天の仕事であるため、後ろで眺めるだけにしていた。
「どう?」
「どうもなにもない。明らかに、自然にできた歪みじゃない」
「えぇ……それって大変じゃない?」
「大変ではない。こんな素人丸出しの術……」
明らかに不機嫌になっている黒天に首を傾げれば、大きな舌打ちが森に響いた。
「また妙なオカルトブームだったら、山の中、引きずり回してやる……」
情報が溢れかえる昨今において、情報は、相当丁寧に扱っていなければ、どこかしらに落ちているものだ。
特に、神職が使う、まじないの類は、一般人が大切な人の幸福、時には不幸を願い、見よう見まねで行われることも多く、多少違いはありながらも、一般にも広まっていることが多い。
”丑の刻参り”や”狐の窓”も、その内のひとつだ。
問題なのは、 制御できていない術が、実際に発動してしまった時と、実害が出てしまった時だ。
大抵の場合、今回の歪みのように、小さく影響力も少なく、定期的な見回りの時に対処すれば済む。
ただ、オカルトブームなどが起きると、その数が爆発的に増え、術の精度が上がることが多いのだ。
結果的に、対応しなければいけない、黒天などの使い魔たちには、大変嫌われている。
「人間ってだけで、法律に守られやがって……」
「言い方言い方……!」
妖怪と違って、使い魔が人間相手に暴力を振るえば、日本の法律が適用される。
もちろん、使い魔が刑務所に入るなどの罰則は、意味をなさないことがほとんどのため、罰則の対象は主である人間になる。
単純な人と人の争いとは扱いは異なるが、弱肉強食、最後は力こそ正義の妖怪たちとは、だいぶ勝手は異なる。
力では勝てるのに、加減をしなくてはいけないのは、彼らにとっては相当ストレスなのだろう。
「安心しろ。前に、性悪狐のやり方は見たからな。うまくやってやる」
「待って。白亜から、何も聞いてないんだけど、なにやったの!?」
「何も聞いてないってことは、”穏便”ってことだろ」
「”穏便”なら話せるよねェ!?」
絶対に目を合わせようとしない黒天の服を掴みながら、揺らすが、全く動じない。
瑞希たち巫女の耳に入っていないなら、ある意味、問題は起きていないということではある。
だが同時に、相手が口にできないだけの場合がある。というか、そちらの方が可能性が高い。
「術の類ではなく、自発的に口を閉ざしたなら、それは”反省”っていうんだ」
「ああ言えばこう言う!」
黒天の背中を強めに叩くが、全く効いていないのが、余計に腹が立つ。
家に帰ったら、吽野にも協力してもらって、白亜から話を聞かなければ。
瑞希が、この後の事を考えて、頭が痛くなってくると、ふと草が揺れる音。
「――」
「……」
息を飲んで、その草むらを見つめる瑞希と、つまらなさそうな視線を向ける黒天。
ふたりの視線が集まる中、草むらから現れた小さな影。
「いましたぜ! 兄者! オレらの縄張り荒らしてるヤツら!」
「おうおうおう! ここが誰の縄張りだと思って荒らしてやがる! 聞いて驚け! そして跪け! このオレ様! アマノ゛――ッ」
瞬殺だった。
その小さな妖怪たちの頭に、瑞希が同情するぐらい容赦なく、黒天は、刀を鞘から抜かずに叩きつけた。
「イヤ――――――ッ!!!! お強いですね! えへ、えへへへ……」
気まずそうに正座しながら、両手をすり合わせている妖怪たちを、足を開いて、屈みながら肘をついている黒天が、見下ろしている。
「”誰の”縄張りだって?」
「か、烏天狗様の縄張りだとは、いざ知らず……そのぉ……」
「私ではなく、鎹杜神社の敷地だ。低脳には理解できないか」
すごく、ガラが悪い。
ドラマとかに出てくるような、ヤンキーだ。
言ってることはまともなのだが、態度が完全に、カツアゲしているヤンキーのそれだ。
「この歪みを作ったバカは、貴様らか? 素直に答えれば、痛みも感じないように首を飛ばしてやろう」
「違います! 違います! 烏天狗様に誓って、違うと言います!」
「そうです! そんな小さな歪みに、兄者みたいなビックな男が入れるわけねェ!」
「バッキャロゥ! 照れるじゃネェか!」
「あ゛?」
「「すみませんでした」」
相手も相手なら、ヤンキーでもいいかもしれない。
全然、あの妖怪たち、へこたれてない。
「――あ、そういえば、夜中になんか聞こえたような……」
「なにか?」
歪みを作る何かの術を模したのだろうかと、瑞希がつい口にしてしまえば、兄者と呼ばれた妖怪よりも小さい妖怪が、片膝を素早く立てた。
「人間の娘が、兄者に質問してんじゃ――ヒィィィッ!! 先っちょ! 先っちょ入ってる!!」
無言で、刀をその小さな妖怪の首に突き刺している黒天に、妖怪はふたりとも、降参するように両手を上げていた。
「た、たしか! えーっと……えーっと……あ、そうだ! やー、やー、はすたー? とか、なんとか……」
ものすごい大きな舌打ちが聞こえた。
「こ、黒天……?」
意味はよくわからないが、黒天の反応的に、おそらくオカルト関係なのだろう。
「全く……こんなところで、なに召喚しようとしてるんだ」
心底めんどくさそうな表情で、ため息と共に吐き出す言葉に、小さな妖怪たちも怖がるように肩を寄せている。
「……よし、貴様ら。どうせ、住まう場所がなくて、この山に流れ着いたんだろ。命じる任をこなすなら、ここに滞在することを許そう」
「え、黒天?」
「使い魔の契約ってわけじゃない。ただの雑草抜きの手伝い程度のものだ」
神社の裏山にも、使い魔として契約していない妖怪は、たくさんいる。
使い魔の契約ともなれば、それこそ両親や姉とも相談しなければいけないが、ただの協力してもらう程度なら、問題はない。
「日が暮れてから、この山で妙なことを叫んでいる人間がいたら、脅かしてやれ」
「そんなことでいいなら……」
「お任せですぜ!!」
なんとも調子のいい妖怪たちである。
彼らが意気揚々とどこかに行った後、黒天の方を見上げる。
「なにか手伝う?」
「構わん構わん。定期的に現れるやつだ。あの舎て――妖怪たちが、適当に追い払うだろ」
「舎弟……」
「それより、こっちの仕事はもう終わるが、紬希への言い訳は考え終わったか?」
「え、言い訳?」
「バカ狐の配信の件だ」
まさか、忘れてたのかと、呆れた顔を向けられるが、忘れてはいない。
単純に、言い訳をするようなことが思いつかないだけだ。
「嘘だろ……ネットリテラシー死んでんのか。ダンス動画とか上げてないだろうな……?」
「上げてないよ。どう思われてるの、私」
「ガキ」
鞄を思いっきり振りかぶったけど、悲しく空を切るだけだった。




