29話 ポンポコダンスを披露しよう(後編)
「は――?」
予想外の声に、白亜は身を捩るようにして、刀の軌道を逸らし、着地すると、意味が分からないとばかりに、顔を瑞希の方へ向けた。
「パパーー!」
「息子ーー!!」
驚く白亜と、息を切らしている瑞希の間では、タヌキ親子が抱き合っており、白亜はその二匹を指さしては、瑞希に視線を向けた。
「いや、えっと……実は」
今までの話を白亜に伝えれば、白亜もすぐに携帯を確認しては、ため息交じりに頭をかいた。
つい先ほど、メッセージを確認しておけば、話が早かった。
とりあえず、黒天には、文句のメッセージを打ち込みつつ、まだ抱き合っているタヌキたちに目をやる。
「つーか、なんやねん。歌って踊って、飯食えるて。今、令和やねん。そのくらいで、金稼げるわけないやろ」
苛立ちながらも、タヌキたちに声をかければ、タヌキは不思議そうに、白亜の事を見上げていた。
「いやですねぇ~~キツネさんも、歌って踊られてるではないですか」
「さっきも同じこと言うとったけど、僕は歌っても、踊ってもないわ。ボケ」
先程から、おかしなことばかり言ってくるパパタヌキに、苛立っている様子の白亜に、そっと瑞希も近づくと、口元を隠すように白亜に問いかける。
「白亜、このタヌキと知り合い?」
「知らんわ。タヌキなんか、いちいち覚えとらん」
「……」
その割には、随分、態度が刺々しい。
白亜の話では、パパタヌキも、別に何か悪いことをしたわけではなく、息子と同様、『放課後』の意味を聞いただけという。
それ以外にも、目の前で言い争っているような、話の噛み合わなさはあるようだが、それにしても、容赦なく切ろうとしているのは、珍しい。
「恥ずかしがらなくてもいいんですよぉ? 見ましたから」
「それ、別の奴と勘違いしとるやろ。巻き込まんといて」
「いえいえ、貴方様でしたよ?」
「だぁぁ……もう、めんど……切ってええやろ」
「待った待った。白亜さん、今日、機嫌悪い?」
サクッと刀でタヌキを切ろうとする白亜に、タヌキの親子も震えて抱き合い、瑞希も慌てて白亜の腕を掴む。
「ちゃうねん。瑞希。僕、タヌキ嫌いやねん。生きて、動いとるとか、ホンマ無理やねん」
「そんな理由だったの!? いや、でも、いや、うん、でもダメだよ?」
今になってようやく、黒天のメッセージの意味を理解できた気がした。
「ってわけで、切ってええね?」
「ダメって言ってるじゃん!!」
タヌキと同じくらい、会話が成り立たない。
もうどうしたものかと、瑞希が白亜の腕を強く掴みながら、悩んでいると、突然聞こえてきた悲鳴。
その声に、瑞希だけではなく、タヌキも白亜も耳を伏せながら、その声の方向へ目をやる。
「キツネーーじゃなくて、白亜さん!? なんで学校に!?」
慌てた様子で走ってきたのは、目森だった。
「あ、人間さん」
「人間さんだぁ。こんにちはぁ」
そして、走ってくる目森を見たタヌキたちが、朗らかな笑顔で、頭を下げる様子に、目森も足を止めて、タヌキたちを確認すると、驚いた様子で一歩足を引いた。
「もしかして、昨日のタヌキィ!!」
その言葉に、瑞希と白亜も、ふたり揃って眉をひそめたのだった。
「――なるほどなぁ?」
柔らかい言葉ながらも、妙に圧のある声色に、目森もそっと顔を逸らした。
「い、言い訳ターイムっ!」
「おっ、ええで。行ってみよか! おもろなかったら、しっぺな」
「それはご褒美なのでは?」
「いきなりキモい発言すなや」
「はい。すみません……」
仲がいいのか悪いのか、よくわからないふたりの会話を聞きながら、瑞希も苦笑いになってしまう。
結局、タヌキたちの言っていた、放課後に約束をした人というのは、目森だったという。
しかも、踊って、歌うというのは、動画サイトにその動画を投稿して、広告費などを稼ごうというものだったらしい。
「いや、えっと、そのですね……そもそもの発端としては、タヌキがうちの店のゴミを漁ってたことが問題でして」
「殺処分でええんちゃう?」
「こ、言葉も通じるし! 話せばわかると思ったんですよ!!」
「話してもわからんかったやろ?」
「悪気はないです!」
「悪気だけで、善悪判断するなら、お巡りさんいらへんねん」
「食べ物とか、お金があればいいんです! 生存権的なァ!! 最低限度の生活ってやつ……!!」
「食物連鎖って知っとる? 虫にまで、生存権適応しとったら、みんな飢餓で死んでまうんやで?」
わかってはいたけど、白亜に口で勝てるわけがなかった。
瑞希が、目森と白亜の間に入り、試合終了とばかりに腕を振る。
「うぅぅ……妖怪の世界って、こんな即・切り捨て御免みたいな殺伐社会なの?」
以前の肝試しの時も、襲われたとはいえ、同じような対応だった。
だからこそ、今まで、町中で妖怪を見たことがなかったのかもしれないと、目森が瑞樹の背中を掴みながら、問いかければ、何とも微妙な返事が返ってきた。
「うちは、比較的、穏便だよ……? 今日、白亜が機嫌悪いだけで」
「そうなの?」
「タヌキが嫌いみたいで」
「……西のたぬきのきつねそば?」
「それはたぶん、ツッコんじゃいけない……」
配信のアカウント名に思いっきり使っているじゃないか。とか、そんなことを一言でも言った日には、三倍どころではなく、十倍になって返ってくる。
その証拠に、目森がアカウント名を口にした瞬間から、白亜の耳が、はっきりとこちらを捉えている。
今は聞くべきではない。
あとで、黒天か吽野がいる時に、聞いてやろうと、瑞希は心の中で決めるのだった。
「でも、私が言うのもアレだけど、そういうお金を稼ぐ動画って難しいんじゃないの?」
一時期、収益化目的に過激な映像を取る人が増えたせいで、収益化の条件を難しくしたというニュースがあった。
実際、目の前に、雑談配信で多少の収益を出している白亜がいるせいで、いまいち説得力に欠けるが。
「お小遣いぐらいなら、結構もらってる人いるって聞くし、動物系は人気だから、いけるって」
どこから、その自信が湧いてくるかわからないが、自信満々に頷いている目森に、白亜も呆れるように、体を瑞希たちから背ける。
「投げ銭はともかく、閲覧数なら、アタシたちのダンス動画でも、このくらいあるし」
流行りもののダンス動画なら、それなりに閲覧数は稼げると、よくわからないが一応、計画性はあるらしいことを言っている目森に、瑞希もどうにも首が斜めに傾いてしまう。
こういったものは本当にわからないため、詳しい白亜に話を聞きたいが、今聞いたところで、殺処分方針だろう。
「なにより、タヌキ、踊ってたら、かわいくない?」
「タヌキ、かわいいです?」
「客引きみたいなものでしょうか? タヌキ、得意ですよ?」
そして、相変わらず、あまり状況を理解していなさそうなタヌキ親子が、立ち上がっている。
急に踊り出さない辺り、先程よりは、状況を理解してきたのだろう。
「ちなみに、チャンネルはもう開設してみた」
「お昼に何かやってると思ってたけど、それだったの……」
昼休みに、何やら忙しそうに携帯を弄っていたのは見ていたが、てっきり、ライブやグッズの抽選かと思っていた。
実際は、タヌキたちようの動画チャンネルを作っていたらしい。
『ポンポコチャンネル』
ぽんぽこりんっ♪
人里で暮らす、ポンポコ親子のたのしいダンスをお届けするよ♪
ぽんぽこりんっ♪
みんなで一緒に、ぽんぽこりんっ♪
お腹を鳴らして、ぽんぽこりんっ♪
踊って、歌って、ぽんぽこりんっ♪
「…………へぇ」
まだ作成中だとは言うが、確かに動画チャンネルっぽい感じの見た目だ。
「だから、一回だけ! とりあえず、一回だけ動画上げてみていい?」
「えぇ……」
「妖怪とか、そういうのは伏せるから!」
両手を合わせてお願いしてくる目森に、瑞希も困ったように眉を下げたが、その目森の圧に、一回だけならと声が漏れてしまう。
「やったぁ!! じゃあ、撮影してくるね! さすがに、学校はマズいから、外行こう!」
「あ、はぁい。では、タヌキも失礼します」
「またねぇ~~」
「何かあったら、すぐ連絡するんだよー!」
「わかってるー!」
タヌキたちと一緒に、走って校門の方に向かっていく目森に、瑞希はようやく白亜の方に振り返れば、なにか手を振っていたが、すぐにこちらに視線を戻してきた。
瑞希も、ふと上を見上げるが、そこには何もいない。
「白亜、もう後半の方、めんどくさがってたでしょ……」
「ちっとは、痛い目見た方がええやろ。ああいうタイプは」
「もう……」
どれだけタヌキのことが嫌いなんだと、瑞希はため息をつくしかなかった。
――タヌキのダンス動画がアップされてから数日。
「うわぁぁぁん!! AI動画だって、なんか炎上してるんだけどォ!!!」
あまりにリアルなタヌキの流暢なダンス動画は、妖怪であることを伏せた結果、精巧なAIダンス動画と間違われたらしい。




