27話 地雷を踏んダヌキ(後編)
放課後、真桐が部活へ向かっていると、裏門や塀に取り付くようにして、何かを見ている生徒たち。
「な、なにしてるの……?」
一体、何事かと、真桐も近づいてみれば、学校のすぐ外にいるそれを指さされた。
「タヌキ……?」
道路にいたのは、タヌキだった。
珍しくはあるが、高校生にもなって、門や塀に取り付いてまで見るほどの事ではない。
しかも、暴れているわけでもなく、どこか悲し気に俯いているだけで、危ない様子もない。
「バッカッ! よく聞けって!」
「?」
「喋ってるから!」
「喋ってる……?」
何を言ってるんだ? という疑問はあるが、周りの生徒たちも一緒になって、静かにと、口元に指と立てられれば、真桐も少しだけ静かにしてみる。
「――――」
すると、確かに、何か聞こえる。
あのタヌキだろうかと、真桐も耳を澄ませると、
「タヌキは、もうダメです……」
タヌキが喋っていた。
「ほら!!」
小声で同意を求められるが、どうにも真桐は頷きにくかった。
「聞こえたでしょ!」
「いや、聞こえたけど……」
「タヌキが、喋ってる!!」
うん。確かに。
「パパ、キツネに追われて死んじゃった……もうダメだ……」
ボソボソと呟いているタヌキに、生徒たちもどうすると、興奮したように周囲を見渡していたが、真桐だけは、携帯を取り出していた。
「こ、こっちに連れてきていいかな……?」
「なんか悲しそうだしね……!」
タヌキの様子に、ひとりが門を乗り越えようとしているのを、真桐が片手で背中を引っ張って止める。
「止めるなって! なんか、ほら、哀愁が……!」
「いや、ちょっと待って。たぶん、専門家の人呼ぶから」
片手で、携帯を操作しながら、すぐに返ってきた返事を読んで、安堵したように胸を撫で下ろす。
「専門家? 役所の人?」
「人語喋るタヌキだよ? 普通の役所の人じゃ、意味なくね?」
「あー、いや……えっと……」
なんと説明すべきかと迷っていれば、走ってくる足音。
「――って、めっちゃ人いる」
「御園生じゃん。いや、見て見ろって。あれ」
瑞希が、真桐に目をやれば、小さく頷かれ、門の隙間から外を覗けば、相変わらず項垂れているタヌキの姿。
「ダメです。タヌキは、もう……終わりです」
「うん。妖怪だね」
完全に妖怪だと、口にする瑞希に、周りの生徒たちは、驚いたように声を上げ、門の外で項垂れていた子タヌキも、驚いたように体を震わせ、目を向けた。
「よう、かい……」
「目玉なオヤジとかの?」
「タヌキだけど?」
「はい。タヌキです」
「いや、タヌキって妖怪っぽくない?」
「タヌキ、妖怪っぽいですか?」
「あーわかる。ぽいよねぇ」
「ぽいぽい」
その場にいた全員の視線が、瑞希に集まり、瑞希と真桐の表情だけが、渋かった。
妖怪がフィクションの世界であることは、瑞希も真桐もよくわかっているため、生徒たちのこの反応は理解できる。
だが、問題はそこではない。
「ぽいですかぁ」
門の間から顔を出しながら、のんきに会話に参加しているタヌキだ。
「なに、さらっと会話に入ってきてるの」
「タヌキの話でしたので」
「いや、タヌキの話だけど……」
全く悪気のない笑みに、真桐も言葉に詰まっていれば、瑞希も困ったように、顔を出しているタヌキの前に屈む。
「ところで、こんなところで何してるの? パパがどうのって言ってたけど、迷子とか?」
「迷子ではありません。ご安心を! パパは、パパは……もうダメです」
「待って待って。大丈夫ではないかもしれないけど、色々話が飛んでるから」
人間社会よりも数倍、物騒な妖怪社会のことだ。
逸れたらしいパパタヌキが生きている保証はないが、だとしても、話が飛んでいる。
「パパは、キツネに追われて……」
「ここで?」
「ここに入っていくのを見ました」
タヌキが見たのは、学校に入っていくところまでで、それ以降は見失ってしまい、項垂れていたのだ。
「じゃあ、俺たちも一緒に探そっか? タヌキ……タヌキの方を探せばいいんだよな?」
「購買と、食堂の裏とか?」
言葉の通じる妖怪のタヌキ故か、周りの生徒たちも、学内に迷い込んだらしいパパタヌキの捜索を手伝うと言い出せば、タヌキは嬉しそうに目を輝かせている。
「いやいや、危ないから、みんなはいいよ」
だが、瑞希がすぐに否定した。
タヌキの言っているキツネというのが、本当に動物のキツネか、妖狐かは、わからないが、どちらにしても、何があるかわからない。
「パパ、見捨てられるんですか!?」
「さっき、自分で死んだって言ってなかった!? というか、私が一緒に探してあげるから」
「本当ですか? わぁい! ありがとうございます!」
嬉しそうに喜んでいるタヌキに、周りで見ていた生徒たちも、小さく悩むような声を上げる。
「じゃあ、早くこっち側においでよ」
「はい!」
頷くタヌキは、じっと門の鉄格子を見つめると、困ったように瑞希を見上げた。
「…………いや、通れるって」
まるで信じていないとばかりに瑞希を見上げるタヌキだったが、恐る恐る前足をかけ、中に入ろうとすると、途中で足を止める。
そして、じっと瑞希を見上げた。
「もぉぉ!! 心配!!!! 本当に手伝わなくていいの!?」
「いや、本当にいらないから。というか、部活いいの?」
「部活なんて、タヌキに比べたら……!!」
「何を比べてるの……ほら! みんなは、さっさと部活!」
真桐が、野次馬たちを部活に行くように誘導するが、まだ門から出られるず、もぞもぞを動いているタヌキに、足を止めている。
「だって……! ほら……! タヌキだよ!?」
「はい。タヌキです」
「無害そうだよ!?」
「えぇい! 散れ散れ! タヌキは混ざるな!」
まだ心配そうにタヌキを見つめる生徒たちを、真桐も、半ば強引に体育館の方へ誘導していくのだった。
「もし、体育館にいたら、連絡するねー」
「うん。お願い!」
瑞希たちに手を振る生徒たちは、少しだけ体育館に入る前に、周囲に目をやるが、タヌキの姿はない。
「いないかぁ……」
少しだけ残念な気もするが、ここまで来てしまったら、半ば諦めるように、体育館に入っていた。
「妖怪に、用かい?」
「ハ?」
「ちょっと黙ろうか」
「グラウンド10周」
「すみませんでした」
冷たすぎる視線が、ダジャレを言った生徒に突き刺さるのだった。




