26話 地雷を踏んダヌキ(前編)
「もしぃ~~もぉぉしぃ~~???」
ぽてぽてと、まぬけな足音を無視していれば、またぽてぽてと鈍重な跳ねる音と声。
「おや? 聞こえてらっしゃらない?」
それも無視していれば、のろまな動きで、視界に入ってきた。
「ドーモ。タヌキです」
「……なんやねん。こっちは忙しいねん」
「実は、お聞きしたいことがありまして。”放課後”というものを教えて頂けないでしょうか」
なぜ、そんなことを聞きたいのかは全くわからない。
そもそも、放課後なんて、人間と関わっていないなら、必要のない言葉だ。
つまり、このタヌキは、確実に人間と関わっている。しかも、子供。
「理由は?」
「優しい人間と約束をしているんです。放課後に、歌って踊ると。そして、ご飯をいただこうと思っていまして」
流暢に言葉を操るタヌキに騙され、まるで人間の友人と同じように接してしまう子供は、時々いる。
それ自体が悪いこととは、白亜も否定はしないが、危険であることに違いはない。
このタヌキは別として、妖怪によっては、言葉巧みに、人を襲う者もいる。
鎹杜神社に仕える使い魔としては、そういった危険な芽は摘み取る必要がある。
こののんきなタヌキが、危険な妖怪とは思えないが。
「…………」
しかし、放課後すらわからないような約束の仕方だ。
このまま、自然に会えない方が、その約束をした相手も、波風も立たず、済むかもしれない。
「踊って、歌うんです。ほら、こうやって」
目の前で、頼んでもいないのに、腹太鼓を鳴らしながら、踊っているタヌキ。
「貴方もやられているのでしょう? ご一緒にいかがですか?」
少しテンポが落ちた腹太鼓。
それは、リズムに乗りやすいようにと、落としたのだろうか。
「タヌキも得意なんです」
自慢気に腹太鼓を鳴らすタヌキに、白亜の耳がピクリと小さく反応する。
その様子に、タヌキも腹太鼓を鳴らす音が、自然と小さくなる。
「あのぉ……どうか、なされましたかぁ……?」
おずおずと白亜に問いかけるタヌキに、白亜は不気味な程、身動きを取らなかった。
ただじっと、タヌキの事を見下ろしていた。
「…………自覚、しとんねん」
タヌキが固唾を飲みながら、白亜を見上げる中、ポツリと溢された言葉。
「瑞希に合わせて、ここ数年、僕にしては、随分優しくしとることは」
その切れ長の目が、冷たくタヌキに向けられる。
「ただ、タヌキにまで、舐められるとはな……」
白亜が手を構えれば、現れる刀に、タヌキが全身を震えさせる。
「ホンマ、たまには真面目にやらな、アカンなぁ」
白亜が刀を抜いたのと、タヌキが全速力で駆け出したのは、同時だった。
「ちょこまかちょこまか! ホンマ、腹立つわっ……!」
住宅街のため、白亜も周りに気をつけながら、刀を振っていたが、それでもタヌキの逃げ足は、凄まじいものだった。
認めるのは癪だが、逃げ慣れている。
妖力などは、白亜とは比べ物にはならないが、あの人懐っこい性格で、長年生きてきたからか、逃げ足は相当なものらしい。
「あのっ……! 怒らせるっ、つも、りは! なく! ですね!」
「うっさいわ! そもそも、お前みたいな弱小妖怪が、人間と軽々しく関わんな! アホ!」
「軽々しくではございません! 一生懸命です!」
よし。切る。
こんな会話のできないタヌキに、関わる人間の方がかわいそうだ。
放課後までに、このタヌキを切って、約束を反故させよう。
その子は悲しむかもしれないが、タヌキとの約束を真に受けた方も悪い。いい教訓だろう。
「わわわわっ……!」
白亜の刀を避けながら、タヌキは側溝の中に逃げ込んでいく。
「――――」
側溝の中に、刀は届かない。
正確には、届かせることはできるが、公共の物を傷つけると、あとで役所などに届け出る必要がある。
術でタヌキを炙り出そうにも、側溝を傷つけるには変わりなく、白亜は不機嫌そうに、静かに鼻を鳴らした。
まだ追える。
「はぁ……めんど」
側溝から出てきたところを、切ってやると、白亜は、タヌキの後を追いかけるのだった。
そして、追われているタヌキはといえば、しばらく走った後、側溝から顔を出した。
「相変わらず、キツネは短気で困るなぁ……」
昔から、どんな妖狐に声をかけても、たった数回の会話のキャッチボールで、先程の白亜のように攻撃をしてくるのだ。
たまには、短気じゃない妖狐がいてもいいと思うが、中々出会えないものだ。
息子を、少し離れたところに置いておいたのは、本当にいい判断だった。
息子を連れていたら、こうも逃げられなかっただろう。
「しかし、結局、放課後がいつのことかは、わからなかったなぁ……困ったぁ……」
しかし、わからなかったものは仕方ない。
息子と合流して、また食事をしながら待っていようと、側溝から出る。
「おや、楽しげな声……」
ふとすぐに聞こえた、たくさんの楽しげな声に、タヌキは、まだ追ってきているであろう白亜を思い出しては、そちらに足を向けた。
「げぇ……めんどうなとこに、逃げ込みおった……」
白亜は、屋根の上で、そのタヌキが学校に入っていくのを見ては、めんどくさそうに、ため息をついた。
人が多い場所では、刀は振りにくいし、人目が多くては、姿を現すのも憚られる。
使い魔そのものは、国にも認められている存在だが、一般的な認知としては、オカルトに分類され、幽霊と同レベルだ。
そんな存在が、白昼堂々と学校に、侵入するわけにはいかない。
「わざとか……? タヌキのくせに……」
白亜は、大きくため息をつくと、周囲の人目を確認してから、タヌキをそっと追いかけた。




