23話 時代はいつだって巡っています(後編)
「それにしても、子供の成長は早いねぇ……ついこの間、お宮参りしてた子が、もう子供産んだって連れてくるんだもん」
今日、お宮参りに来た母親も、数十年前にこの神社でお宮参りをしたことのある人だ。
子睦も、はっきりとそのことを覚えていて、まるでつい先日あったばかりかのような反応を見せていた。
これが、数百年生きている使い魔との時間の感覚の違いか。
だが、今回は、紬希の中学の時の先輩でもあり、久々に連絡が来たと思えば『紬希のところの神社って、使い魔っていたよね?』と聞かれた時は、何かと思ったが。
「いやぁ……知り合いが来ると、時の流れの速さを感じる……先輩の子供かぁ……心がまだ高校あたりで止まってるもん」
すっかり成人して、巫女として神社の仕事だってしているのに、感覚がまだ高校生だ。
周囲の環境が変わっていないからか、それとも自分が成長していないだけなのか。
「ふふ……大丈夫だよ。紬希は、成長してるから」
「そうかな」
「そうだよ。紬希だって、二足歩行になった時の記憶はないでしょ? 自分の成長って、そんなものだよ」
大丈夫大丈夫。と微笑みながら、早く片付けちゃおう。と背中を押す小さな手。
昔は、小学生くらいの身長の子睦がすごく大きく見えてて、すごくお姉さんに見えていた。
そう考えれば、確かに少しは成長しているのかもしれない。
「子睦が、初めて二本足で立った時は、泣いて喜んでたもんねぇ」
「年取り過ぎて、何百年と同じネタを擦るのは、停滞だし、老いだと思うけどね」
通りがかりに、ちょっかいをかけていく吽野に、間髪入れずに答える子睦に、吽野もばつの悪そうな表情で、廊下の奥へ消えていった。
その様子に、紬希も、呆れるような視線を吽野の消えた方へ目をやった。
普段は優しいが、吽野や阿文などの昔からの馴染みに関しては、少し圧が強い時がある。
仲良しといえば、仲良しなのだろう。
あのちょっかいのかけ方は、どうかと思うが。
「まぁ、数十年の命で、色々作り出して、発展させていく人間は本当にすごいよね。特に新しい分野を見つけた時の、発展の速度といったら、他の生物の比じゃないし。その起点となってるのはやっぱり、インターネットでの情報交流の量の過剰とも言える肥大化だよね。『数打ちゃ当たる』って言葉が示してるけど、母体が大きければ大きいほど、その情報の集合体の上澄みの精度は高く、新しい分野への頂きに到達する可能性があるわけで――」
話をするのが止まらないとばかりに、頭に浮かぶ言葉を次々と並べていく子睦に、紬希は少しだけ表情を強張らせる。
こういった話になると、子睦の話は、とにかく長くなる。
楽し気に話しているのは良いのだが、こちらに合わせるというものが、一切なくなる。
「…………あ、ネットって言えば、白亜のアレのことなんだけど!」
話題を逸らせようと、子睦が息継ぎをしているタイミングで声をかければ、先程までの自分の行動を思い出したのか、少しだけ恥ずかしそうに苦笑いを溢していた。
「配信ね。本当にすごいよね……さすが、同じ種族っていうか……」
「え?」
「ううん。今は、瑞希がチェックしながらなんでしょ。なら、大丈夫。なにかあったら、私も対処手伝うし」
「う、うん……」
心配いらないとばかりに、両腕を構えている子睦に、紬希も頷く。
だが、それより気になったのは、先程の子睦の遠い目だ。
まるで、白亜以外にも、妖狐の使い魔で、似たようなことをしている人がいるとでもいうような反応。
「悪いことじゃ――あ、いや、結構、当時は大事だったけど……昔、京の都で妖狐が、歌えや踊れの大騒ぎしたことがあったから」
「玉藻前とか?」
悪事をして封印された妖狐として有名な妖狐だ。
現代でも、語り継がれるくらいの大妖狐で、数えきれないほどの悪事を重ねてきたという。
今の配信とは少し違うが、確かに当時の人間の都であった京都で、大騒ぎをしていたのなら、今の配信と似ているかもしれない。
もしかしたら、妖狐というものは、そういうことが種族として好きなのかもしれない。
「…………うん。まぁ、そうだねぇ」
なんとも歯切れの悪い返事だが、子睦のことだ。その妖狐とも知り合いだったのだろう。
「とはいえ、最近の風潮はあまりよくないんだよねぇ」
「?」
「”おもしろければよし”って風潮」
少しだけ真剣な色味を帯びた目に、紬希もつい、片付けの手を止めてしまう。
「時代の流れといえば仕方がないけど、最近、また人間と妖怪の境界が、曖昧になってる部分があるんだよね」
かつて、それこそ玉藻前が闊歩していた時代は、人間の世界にも、平然と妖怪が存在していた。
だが、力も、生きる時間も、倫理観も、大きく異なる妖怪と、人間が完全なる共存することは難しいと、世界は区切りをつけることになった。
人間が住む区画と、妖怪が住む区画。
そして、その境界を神社や寺院が管理することで、人間社会は平和を享受していた。
しかし、ARやVRといった、技術の発展により、現実が仮想空間に近づき、かつてのような、幽世と現世の境界が曖昧になっていた。
「白亜が、Vactorと勘違いされてるのも、少し似てるかな……」
本来、白亜のような狐耳や尻尾を生やした人間は存在しない。
だが、それをVactorとして、平然と受け入れてしまっている。
「ライブとかも、キャラクターがそこで踊ったりするのを見るってこともあるんでしょ?」
「あぁ……見たことあるかも……」
ホログラムとして投影された映像を、本物の存在として受け入れてしまっている。
「でも、白亜は本物だしなぁ」
「そういう土台ができてる状況ってことだよ」
架空の存在でも、本物として受け入れられることは、古来より宗教などの形で受け入れられてきた。
だが、技術の発展で、リアリストが増え、一度は廃れたが、技術の発展で、また別の方向性として、受け入れられ始めている。
もし、白亜が妖怪であることを明かしたところで、受け入れる人は多くいるだろう。
目森がいい例だ。
「もし騒がれるようなら、僕も姿変えるから、心配せぇへんでええで」
いつから聞いていたのか、隣の部屋から顔を出す白亜に、紬希も困った表情になってしまう。
白亜を含めた、ほとんど使い魔たちは、人間社会で生活をするために、人の形を模しているだけで、本来の姿は異なる。
だからこそ、彼らがその気になれば、人間が決めた規定など無視して、姿を変えて、姿を眩ますことなんて容易だ。
「せやねぇ……せっかくやから、女の子にしたろうか? ゆるふわ系とシゴデキOL系、瑞希どっちがええ?」
「今のままでいいんだけど……急に性別変わったら、すぐに受け入れられないって」
「どっちも美人やから、3日で慣れるて」
「…………黒天の法力とかで、なんかこう……本来の姿を現す感じにする」
「よォし来た。表出ろ。カマ狐」
「おやおや……大層、温かそうな羽があるのに、上等な毛皮も欲しいなんて、寒がりさんなんやねぇ」
襖の向こう側で、白亜の顔も、黒天の顔も見えないが、明らかに煽り合っているであろうことが想像できる声に、紬希もついため息をつく。
だいたい、建物の中で白亜が本来の姿に戻ったら、部屋の家具がぐちゃぐちゃになるどころの騒ぎじゃない。
さすがに、黒天もそんなことはしないだろうが、そもそも白亜の術を黒天が強制的に解除できるかという問題もある。
「ふたりともー? 喧嘩なら、外でやってねー?」
襖の向こうで睨み合っているであろう白亜たちに、子睦の薄ら寒さを感じる優し気な声色に、襖の向こうが少し凍り付く雰囲気が伝わってくる。
そして、すぐに静かにごそごそと、足早に倉庫に片付けに向かう足音も聞こえてきた。




