22話 時代はいつだって巡っています(前編)
休みの日に、お宮参りにやってくる親子は多い。
鎹杜神社も、土日には、いくつかお宮参りの予約が入っていることがある。
「じゃあなー! 黒天!」
「目上の相手には、『さん』か『様』をつけろ! クソガキ!」
祈祷中、新生児が泣くことは多いし、兄弟がいれば、その兄弟が飽きてしまい、境内で遊び出すこともある。
流石に外で遊び出してしまうと、両親は、申し訳なさそうにするが、境内で子供と同レベルに口喧嘩している黒天との様子を見ると、どうでも良くなるらしい。
その上、帰る頃には、すっかり仲良しになっていることも多く、両親も困ったような、申し訳ないような、安心しているような複雑な笑みを浮かべていることが多い。
「クソガキって言うやつの方がクソガキなんですぅー!!」
「あ゛!?」
怒る黒天から逃げるように、駆け足に親の方へ走る男の子。
その途中、下駄が引っ掛かったのか、大きく躓いた。
「わっ――」
勢いよく転ぶかと思われた男の子だったが、転ぶことなく、その体は黒天に支えられていた。
「……慣れない和装なんだ。気をつけろ」
黒天は、男の子がしっかりと立つのを確認すると、すぐに、バカにするような笑みを浮かべ始める。
「ザコがはしゃぐと、ろくなことにならねェぞ」
「は!? 誰がザコだよ!? オレの方が強いし!!」
「ハァ? 今、なんもないところでこけたザコが、なんか言ってるなぁ?」
ゲラゲラと笑っている黒天に、男の子は顔を真っ赤にさせて、言い返しているが、その頭が軽く叩かれる。
「助けてもらったんだから、お礼しろ」
「うぅ……」
男の子の父親だった。
その後ろでは、眠っている妹を抱きかかえている母親も、男の子を窘めるような視線を送っていた。
「…………ありがと、ございました」
不貞腐れたように、お礼を口にする男の子に、黒天も今までのようなバカにするような笑みではなく、優し気な笑みを浮かべる。
「言えるじゃないか」
「これくらい言えるし」
「少し見くびってたな。すごいじゃないか」
膝に頬杖をつきながら、勝ち気に男の子を見つめる黒天に、男の子は、なおさら不貞腐れたように口を尖らせる。
そして、勢いよく顔を背けると、父親に抱き着いた。
「すみません……」
「この程度、構わないさ。構ってもらえなくて、他人にちょっかいをかけてるだけだしな」
「かけてない」
負け惜しみのような男の子の声に、父親も困ったような表情を浮かべながら、男の子を抱き上げる。
その腕の中で、男の子は黒天の方に振り返ると、ベーッと舌を出していた。
「はぁ……天性の男の子の才能ってやつやねぇ」
その様子を、見送りついでに瑞希の隣で見ていた白亜が、そっと溢した言葉に、すぐさま瑞希が白亜の尻尾を掴む。
「褒めたやん。尻尾、掴まんといて」
「褒めてないでしょ。絶対。ほら、黒天もこっち睨んでるじゃん」
なんか文句あんのか。クソ狐。とでも言いたそうな表情で、こちらを睨んでいる黒天に、白亜も愉し気な笑みを浮かべている。
もう確実に、黒だろう。
瑞希も、ついため息を漏らしてしまう。
「それにしても、やっぱり減ったなぁ。お宮参りに来る人も」
見送りを済ませた阿文が、ため息交じりに言葉を漏らす。
昔ほど、神頼みの風習は無くなっているが、それでも七五三を始めとした、子供の成長を祝う行事は残っている方だ。
お宮参りもそのひとつではあるが、数百年前に比べれば、ずっと減っていることだろう。
「少子化もあるしねぇ……まぁ、うちは、子睦もいるし、使い魔もいるから、結構ご利益ありそう。とは言われてるらしいけど」
この世のものと思えない耳や尻尾を生やした妖怪が、平然と闊歩している神社というのは、一般人から見れば、それだけ異様なものに見える。
使い魔が神社に必ずいるわけではないから、それだけでも、他の神社とは違う気がする。と、少し遠方でも来てくれることは、確かにある。
お宮参りのような大事な行事では、観光地化しているような大きなところは無理でも、少しでもご利益がありそうな場所。と探してくる人は多い。
特に、子睦は、子孫繁栄を司るとされる、ネズミの使い魔だ。
お宮参りや七五三には、うってつけとも言える使い魔だ。
「気の持ちようで世界は変わるからね。私の存在ひとつで、心配事が減るならいいことじゃない」
なんだか利用しているようだと、少しだけ気まずそうな表情を浮かべる紬希に、子睦が気にしなくていいとばかりに微笑む。
もっと露骨に、使い魔を大前提とした宣伝をしている神社は存在している。
それこそ、神社のイメージが、使い魔のものである神社もあるくらいなのだから、鎹杜神社は使い魔を利用していない方だと言える。
「実際のところ、そのくらい産まないと、種族的に生き残らないって話だから。とかは、願掛けとしては野暮だもの」
「あ、うん。そうだね。すごく野暮」
あまりに現実的な理由を語り出す子睦に、つい紬希も先程までの気まずさを忘れてしまうのだった。




