17話 毛むくじゃらの妖怪(後編)
その頃、瑞希たちは、目的の墓地に辿り着いていた。
草木こそ生い茂っている場所もあるが、比較的にきれいにされており、未だに人が通っていることが伺える。
「それにしても、お菓子、買って来てたんだね」
真桐と目森が、コンビニで買ってきたらしいお菓子を供えて、手を合わせている様子に、瑞希は少し驚いたように言葉を漏らす。
「一応、騒がしくしちゃうし」
「って、波奈が言うから、カラフル系なチョコとかグミにしてみましたー! あとで食べよー」
「あ、相乗りさせて」
瑞希も、ふたりに並んで、手を合わせると、改めて周囲を見渡す。
トンネルから墓地までの道は、細いが、それなりに整備されていた。
だが、この先となると、人の手が入っていないのか、まさに獣道といった様子だ。
「そりゃ、夜になったら、迷子になるよね」
「道は細いし、いきなり段差もあるし……」
明るい昼間であっても、気づきにくい崖もあり、夜なら、気が付かずに落ちる可能性だってある。
とはいえ、今は明るく、怖さを感じる部分はほとんどない。
これを肝試しと呼ぶには、少し疑問が湧いてしまう。
「あ、この辺かな? 動画撮ってた場所!」
もはや、ただの配信者の追っかけになっている目森が、配信者の男が異変に気がついた場所あたりで、同じように立ち、自撮りをし始めていた。
画角を合わせて、写真を撮ると、ふと視線を上げる。
ちょうど、配信者の男も配信中に見上げていた辺り。
「――うわっ!?」
――いた。
大量の長い毛に覆われ、血走った目でこちらを見つめる何かが。
目森の声に、瑞希と真桐も驚いたように、木の枝の上で、こちらを見つめる妖怪へ目をやる。
「瑞希。瑞希。アレ、大丈夫なやつ……?」
駆け寄ってきた目森が、瑞希の腕を掴んで、問いかけてくる。
だが、瑞希にも、それはわからない。
いつから、あの場所にいたのか、敵意があるのか。
あの配信者が見た妖怪と同じなら、この辺りに住んでいて、テリトリーに入った人を監視しているだけかもしれない。
だから、トンネルの向こうまで逃げた人を、追いかけるようなことはしなかった。
だが、それはあくまで希望的な予想で、妖怪の中には、人へ危害を加えるタイプも多く存在する。
「とりあえず、落ち着いて。ね?」
どうにも、あの血走った目に不穏な気配は感じるが、目森の手に触れながら、落ち着くように声をかける。
吽野の立っている位置が、瑞希たち三人とあの妖怪の間のため、例え、妖怪が襲ってきたとしても、吽野が守ってくれる。
もしかしたら、最初から、吽野は妖怪の存在に気が付いていたのかもしれない。
それなら、瑞希だけには教えておいてほしいものだが、伝える必要すらないレベルの妖怪ということなのか。
「…………」
身構える様子もなく、毛むくじゃらの妖怪を見上げる吽野の前で、その妖怪は小刻みに体を震わせ、牛の嘶きのような声を上げ始めた。
笑い声などではなく、威嚇にも近い嘶き。
「っ」
その声に、真桐が無意識に一歩、足を引いてしまう。
「わっ……!?」
直後、感じた浮遊感に、先程まで自分がいた場所が、小さな崖の前だったことを思い出すが、既に遅い。
大きく崩れた体のバランスを取り戻すことはできず、腕をばたつかせても、支えになるものはなかった。
「波奈……!?」
瑞希も駆け寄ろうとするが、感じる腕の抵抗に、まだ状況を把握しきれていない目森の顔が映る。
「――――」
何と言葉を発するべきなのか。
迷う瑞希の元に、頬撫でる風と声が届く。
「ふたりとも、そこにいるんだよ」
特に慌てた様子もない、吽野の声だった。
瑞希が、その声に誘われるように、先程まで吽野がいた場所へ目をやれば、そこに吽野の姿はなく、妖怪の姿もなくなっていた。
吽野を追いかけて行ったのか、それとも、妖怪が真桐を追いかけて行ったのか。
それすら、わからなかった。
「う゛……う、ん……?」
それは、落ちた本人も同じだった。
「大丈夫かい?」
真っ暗な視界のまま、優しくかけられる声に、訳が分からないまま、ゆっくりと瞼を開ければ、そこにはこちらへ微笑みかける吽野の姿。
「あ、れ……?」
「うんうん。びっくりしたねぇ。もう大丈夫だからね」
助けてくれたのか。
ようやく自分の状況を理解すると、真桐は吽野の腕の中で、体を起こそうとして、視界に写ったそれ。
「ッ……! あ、あそこ……!」
あの毛むくじゃらの妖怪だった。
興奮した様子で、涎を垂らしては、背を丸めて、こちらを見ていた。
「ん? あぁ、気にしなくていいよ。キミも、帰っちゃくれないかい? 今の時代、そういう姿は、人を怖がらせちゃうからさ」
吽野は、真桐の背中を優しく撫でながら、妖怪にも語り掛けるが、妖怪からは返ってきたのは、低い唸り声だけだった。
「言葉は話せなくても、理解はできてるんでしょ? 話なら、後で聞いてあげるからさ」
青い顔で吽野の服を掴む真桐を、一度軽く抱き寄せる。
「だから、帰ってくれるだろ?」
言葉こそいつもと変わらない声色だったが、ひどく冷たい表情で、妖怪に問いかけるのだった。
これ以上近づくなら、殺す。という無言の圧力に、妖怪は唸り声を詰まらせると、ゆっくりと後退ると、森の中に消えていった。
その様子に、吽野は、そっと真桐から手を離した。
「はい。もう大丈夫。あの妖怪は、どっかに行ったからねぇ」
「あ、ありがとうございます……」
「どういたしまして。まさか、本当に出るとは思わなかったけどねぇ」
いつもと変わらない様子の吽野に、真桐も少しだけまだ不安そうな様子で、妖怪の消えていった森の方へ目をやるが、何も見えない。
「言ったでしょ。本当に危ないことからは、ボクが守るって」
真桐を安心させるように、その手を掴む吽野に、真桐はおずおずと頷くと、頭上から聞こえてきた騒がしい声。
「波奈ーーっ! 大丈夫ーーっっ!?」
見上げれば、崖の上から、目森と瑞希が覗き込んでいた。
真桐と吽野が無事なことを確認すると、安心したように息を吐いていた。
「ふたりとも、落ちたら危ないから、離れてなさいよー?」
「はーい」
このまま、崖の上に戻ることも、できないわけではないが、吽野は真桐を見下ろすと、少しだけ瞼を閉じた。
「確か、向こう側から上れたはずだから、落ち着いたら、行こうか」
「あ、じゃあ、急いで戻りましょう……!」
慌てた様子で立ち上がる真桐を吽野は見上げながら、急がなくていいと言うが、真桐はすぐに首を横に振った。
「また、さっきの妖怪がふたりのところに行ったら、大変ですし!」
「あの辺には、結界張っておいたし、白亜もいるから平気だよ」
「…………白亜さん、やっぱりいるんですね」
瑞希から、ついてきてると言われていたが、その姿は見ていない。
ただ、先程トンネルの前で、吽野に”ウチの”と言われていたのは、やはり白亜の事だったらしい。
「さっきは、なんかずいぶん騒いでたみたいだけど……まぁ、さっきのがまた出てくるようだったら、白亜が切るだろうし、大丈夫だよ」
吽野たち使い魔だって、何度も警告するほど、優しくはない。
二度も襲ってきたのなら、危険な妖怪として、処理をする。
それも使い魔としての仕事だ。
白亜がいるなら、あの妖怪が来ても心配はいらない。真桐も、少しだけ安心したように息を吐き出すが、ふと吐き出す息が詰まる。
「いや、それはそれとして、急いで戻りましょう」
「?」
「白亜さんが出てくる状況は、それはそれでダメです」
すっかり忘れていた、今回の肝試しで、吽野がついてきた理由を思い出しては、真桐が慌てだす。
その様子に、少しばかり不思議そうな表情をしていた吽野だったが、思い出したように小さく声を上げると、苦笑をしながら、ゆっくりと腰を上げた。




