16話 毛むくじゃらの妖怪(前編)
――うまそうな、におい
すごく、うまそう……
きっと、食べたら、すごく、うまい。
食べたい。
食べたい。
食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい。
「…………」
ぼたぼたと、よだれが地面に滴り落ちる。
「邪魔。邪魔。邪魔ダなぁ」
全身を覆う長い毛の中、ふたつの視線が揃わない両目が、ギョロギョロと動き回ると、片方の目がずり落ちていく。
そして、べちゃりと粘着質の音を立てて、その長い毛の妖怪に瓜二つの同じく妖怪が、地面に落ちた。
「とうちゃーっく!」
目森の明るい声が、トンネルの前に響く。
「昼間だけど、めっちゃ雰囲気あるね!」
少しひびの入ったトンネルの壁に茂る植物。加えて、昼間とはいえ、トンネルの中は薄暗く、抜けた先に見える鬱蒼と生い茂る森も不気味さを増している。
「写真撮ろう! くっついてくっついて!」
「撮ってあげるよ。ほら、三人共並んで」
「安心してください。ありますよ」
「自撮り棒?」
どこか自慢気な表情で、自撮り棒を取り出す目森は、手慣れた様子で、スマホを取り付けていく。
「最近の子ってすごいねぇ」
「同い年だけど、私はできないからね」
「アレは一部の……ハイカラさんタイプ限定の能力ですよ」
「こんなのカバー取り付けられれば、全然ヨユーだって! じゃあ、撮るよー」
撮った写真を目森が確認している間、真桐はなんとなくトンネルの向こう側に目をやっていた。
この辺りに来たことがないが、数十年前には、山の中に小さな集落があり、その墓地だけがこの先に残されているのだという。
つまり、動画に写っていた墓地は、供養されている場所であり、成仏できなかった幽霊たちが出るような場所ではない。
本当に、ただの生きている人が、雰囲気があるというだけで、騒いでいるだけ。
だから、あの配信者や、それに続いた人たちが目撃したのは、勘違いか、もしくは、妖怪の類。
「ん? どうかした?」
妖怪、という単語に、無意識に真桐が吽野に目をやってしまえば、不思議そうに首を傾げられた。
「あ、いや……」
「もしかして…………聞こえちゃった?」
「え」
真桐にだけ聞こえるように問いかけられる言葉に、慌てて顔をあげれば、悪戯でもしたかのような吽野の笑み。
「び、びっくりさせないでくださいよ!?」
「え~~今日って、肝試しなんでしょ? いいじゃない」
「そうですけど! 吽野さんが言うと、冗談と思えないんですよ!」
「おや、嬉しい言葉だねぇ。ボクの演技力も捨てたもんじゃない」
楽し気に笑っている吽野に、真桐がからかわれたと、恥ずかしさに顔を背ける。
「まぁまぁ、本当に危ないことがあれば、ボクが守るから、安心して怖がっていなさいって」
「白亜さんがわかりやすいだけで、吽野さんも、結構いい性格してますよね」
少しだけでも、反撃できないかと、口を尖らせながら小さく呟いてみれば、すぐに真桐の耳に聞こえてきた、堪えるように震える息遣い。
白亜は隙あらば、瑞希にちょっかいをかけているのはよく見かけるが、吽野も結構、人にちょっかいをかけるのは好きなように見える。
あまりにも長い時間を生きていると、自然とそうなるのかと思えるほどだ。
「反応がいい子がいると、どうしてもねぇ」
「……」
「ま、本当に聞こえてたとしても、アレはうちのだから、気にしなくていいよ」
ひらひらと真桐が顔を向けていた方向に、手を振る吽野に、真桐も驚いたようにその手を振られた方に目を凝らすが、何もいない。
「それより、瑞希ぃ? 波奈ちゃんに変なこと聞いてないから、そんなに睨まないでよ。穴開いちゃうよ?」
「吽野は吽野で、どっからか情報仕入れてくるからなぁ……」
「言い方……」
またからかわれているのかと、振り返りながら、瑞希と話している吽野にも目をやっては、もう一度、その草むらの方へ目をやる。
やはり、何もいない。
「別に、瑞希、成績悪くないし、アタシみたいにテスト隠したりしないでしょ?」
「あれ……意外。陽の家って、テストの点で怒られるタイプなの?」
「いや、怒られないけどさ。赤点だと、あと2点あればなぁ……うん。難しいよねぇ……うん……うん。わかるよ……みたいな感じで、気遣いのお通夜みたいな感じになっちゃってさぁ」
だから、隠してるんだよね。と、笑顔で答える陽に、瑞希も吽野も、何とも言えない表情にしかなれなかった。
「だから、赤点は隠してんの。一年かけて、ギリ超えれば、留年しないから! ヘーキヘーキ!」
「そ、そういうもんなのかな……」
「まぁ、留年するかしないかは、大きな違いだしねぇ……」
「それより、いざ、トンネルの向こう側へ! レッツゴー! しよ?」
「はいはい……」
目森の声に、真桐は草むらから目を離し、少し駆け足に、三人を追いかけた。
遠くに反響していく足音と話し声を聞きながら、白亜は大きくため息を吐き出した。
その手で、地面に押さえつけているのは、ノジャクとその兄者であるアマノだ。
「あれ? 姉者、どっか行っちまったのか?」
「行った行った。つーか、空気読めや。アホ」
「「?」」
先程、偶然、瑞希を見つけたノジャクが、声をかけようとしたところで、白亜に押さえつけられたのだ。
いまだにその意味が分からないとばかりに、首を傾げるノジャクたちに、白亜は胡坐をかきながら、頭に手をやる。
「あのなぁ……今時、妖怪なんて、犬猫な動物と違うて、フィクションなんやぞ。いきなり、事情も知らん人間の前に出てったら、びっくりするやろ」
現在、使い魔のいる神社や寺の近くに住んでいるなら、使い魔の事を知っていることもあるが、一般的には知られていない。
それこそ、幽霊を信じている人が、どのくらいいるかと、同じレベルの話だ。
だが、ノジャクたちは不思議そうに、先程まで瑞希たちのいた方を見つめている。
「でも、妖怪と一緒にいたじゃん」
「アレは、ちゃんと人型に変化しとったやろ。変化のへの字も知らん、雑魚共が出て行ったら、B級ホラー映画やねん」
そもそも、吽野は瑞希が説明しているのだが、その辺りを説明して、この小鬼たちが理解できるとは思えない。
「えぇわ。そんじゃ、もう一回、瑞希たち通るやろうけど、声はかけるなよ。ええな?」
「えー……」
やはり、理解していなさそうなノジャクたちに、白亜は小鬼をまとめて掴むと、思いっきり放り投げた。
「さて、僕も追いかけるかぁ……」
小鬼たちの悲鳴が、遠くに消えていったことを確認すると、白亜も改めて、トンネルの方へ向かった。




