10話 バカだからで許してくれるのは、相手が優しいからやで?(前編)
庭で、神楽の舞を練習していれば、合いの手のように入る鼓の音。
実際の神楽の時には、雅楽が入ることが多く、白亜の叩く鼓の音は、むしろリズムを取りやすく、助かる。
「…………」
ただ、少しずつ早くなり始めている音に、ちらりと白亜に視線をやれば、いつも通り、不敵な笑みを浮かべている。
「――――」
そして、ついに、ポポポポポンと素早いビートを刻み始めた。
「遊ばない!!」
あまりに速い速度に、手を止めれば、今度こそ白亜は声を上げて笑い出した。
「早神楽やて。知っとるやろ?」
「知ってるけど、今のは絶対遊んでた!」
実際に、テンポの速い神楽は存在するが、先程の白亜の鼓のリズムは、絶対に遊んでいた。
あの顔は、瑞希が、どこまで耐えられるかを試していた顔だった。
「信用ないなぁ……今年は友達が来るから、気合いれとる瑞希に、手を貸したろうて親切心なのになぁ」
「もー……本当に、口だけはうまいんだから」
「口だけやないわ。瑞希よりは、色々できるわ」
白亜に、瑞希が口で勝てるとは思っていない。
少なくとも、口喧嘩をするなら、吽野などの別の使い魔を連れてくる必要がある。
「何歳違いだと思ってるの。何週どころじゃないんだから。ただの年の功ってやつでしょ!」
「誰や。こんなひどいレスバ教えた奴……」
「白い狐耳と尻尾を生やした、狐の使い魔じゃない?」
「おやまぁ。そないな立派な人に教わっても、白糞にはなれへんかったんやな……」
かわいそうに……という態度を一切隠さずに、こちらを見つめる白亜。
瑞希もつい、足元に転がっていた小さな石を、白亜に向かって蹴った。
しかし、石は何度かバウンドすると、白亜の足元に辿り着く頃には、ほとんど勢いがなくなっていた。
「…………」
「…………」
辛うじて、白亜の足元に辿り着いた石を、白亜は蹴鞠でもするかのように、足に乗せて、弄ぶ。
「…………『乙』か『ノシ』しか送らん、『赤いきつね』さん? 今の気持ちはどないですー?」
「うわぁぁ!? 最悪! 最悪だよ!! 何で知ってるの!?」
今の石について、絶対におちょくられることは察していたが、予想外の煽りに、瑞希もつい身を引いて叫んでしまう。
白亜の配信にコメントしていることは、目森と真桐くらいしか知らない。
目森は、白亜の存在を、Vactorだと思っているのだから、瑞希のコメントの事を伝えた犯人は、必然的に一人になる。
「波奈の事、脅した!?」
「脅しとらんわ。アホ」
真桐が、自発的に、瑞希のコメントの話をするとは思えない。
するとしたら、白亜が誘導尋問でもしたのだろう。絶対そうだ。
「どうせまた、私の学校でのおもしろ事件とか聞き出そうとして、色々聞いたんでしょ!」
「瑞希が、学校で楽しくやれてるか、心配しとる親心やん。ポンコツおもしろ事件は、偶然聞いとるだけやて」
嘘を平然とした表情で答える白亜に、瑞希は、頭を抱える他なかった。
「なんや。別に、おもしろいコメントしてくれてええんやで? 推し活レクチャー受け取るんやろ?」
「……しないよ」
やれるものならやってみろ。とばかりに、腹立たしい表情をしている白亜に、ため息交じりに答える。
こういうのは乗れば乗るほど、ドツボにハマる。
長年の経験が物語っている。
瑞希は、首を横に振って、意識的に話題を変えようと、ここ最近の昼休みの事を思い出す。
Vactor好きの目森による、唐突に始まる、目森の推し活レクチャーを思い出しては、遠い目をしてしまう。
「推し活レクチャーは……なんなんだろうね。アレ」
「楽しそうでええやん」
楽しくないわけではない。
本当に、その配信者のファンだったのなら、この気恥ずかしさはなかった。
ただただ、配信者が知り合いということが、大問題なのだ。
「白亜の顔が好きなんだって」
「男前やから。僕」
自慢気な笑顔を向けてくる白亜に、瑞希は何の感情もない顔を向ければ、白亜は、不貞腐れるように頬を膨らませ、その足に乗せた石を、遠くへ飛ばした。
その様子に、瑞希が呆れながら、また神楽の練習に戻ろうとすれば、石が落ちたにしては、激しく揺れる草むら。
また白亜のいたずらかと、その揺れる草むらを見つめれば、草をかき分けて出てきたのは、見覚えのある2匹の小鬼。
「あ、お前! 烏天狗様の手下!」
向こうも覚えがあったらしく、瑞希と目があった途端、小鬼のひとりが、瑞希を指さしながら声をあげた。
以前、黒天に連れて行かれた、鎹杜神社の裏山であった小鬼たちだ。
「あぁ……前に言うてたやつらか」
「うん。そう。変な儀式をしてる人をびっくりさせるようにって言われてた子たち」
あの後のことは、黒天に任せてしまっていて、瑞希は聞かされていないが、どうやら仕事は続けていたらしい。
瑞希たちの家は、裏山からは少し離れているが、ふたりが言うには、今回も黒天に報告しようとして、迷い込んだという。
「まぁ、小鬼やからな」
遠回しに、バカと言っている白亜に、瑞希は何も言わずに、静かに窘めるような視線を向けるだけだった。




