第四話 ──夜の祈り
夜は、あっという間に落ちた。
村全体が沈黙している。
虫の声も、風の音もない。まるでこの世から音が消えたようだった。
紗夜は宿の窓辺に腰を下ろし、煙草に火を点けた。
一口吸って、紫煙が闇に溶ける。
「……静かすぎる」
時計の針は午後九時を指している。
そのとき――遠くから太鼓の音が、再び響いた。
どん、どん、どん。
同じ間隔、同じリズム。
まるで心臓の鼓動を模したような音。
紗夜は窓を少し開け、暗闇を覗いた。
道の先、鳥居の方角に灯が揺れている。
「……始まったな」
コートを羽織り、懐中電灯を手に外へ出る。
霧が濃く、視界は十メートル先も見えない。
それでも太鼓の音は確かに彼女を導いていた。
鳥居の前にたどり着くと、村人たちが列をなして立っていた。
皆、蝋燭を手に、目を閉じ、口を動かさない。
ただ、首を同じ方向に傾けている。
紗夜は木の影に身を潜め、その様子を観察した。
太鼓の音が止む。
次の瞬間、村人たちが一斉に口を開いた。
「──────」
声にならない。
音が、無い。
それなのに、確かに“響いている”。
胸の奥に、直接響くような低い振動。
紗夜は息を呑んだ。
村人たちの足元に、何かが蠢いている。
黒い影のようなものが地面から這い出し、列の間をすり抜けていく。
「……なんだ、あれは……」
影は鳥居の奥へと伸び、やがて一人の村人の足元に絡みついた。
その瞬間――蝋燭の灯が消えた。
村人の姿も、影も、跡形もなく。
霧だけが、その場所を覆っていた。
太鼓の音が、再び鳴り始めた。
何事もなかったかのように。
紗夜は凍りついたように動けなかった。
「……祈り、って……これのことか……?」
彼女の吐く白い息が、夜霧の中に消えていった。




