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第一話 ──依頼
山の奥には、地図に載らない村がある。
その村では、夜になると“誰か”が祈る声がするという。
***
九条紗夜は、駅前の喫茶店で煙草をくゆらせていた。
煙の向こうで、懐かしい声が震えている。
「お願いだ、紗夜。あの村を調べてほしい」
旧友の男は、汗で濡れた手を震わせながらそう言った。
彼の妹が一週間前、夜鳴村という山間の村で消息を絶ったという。
「警察には?」
「……ダメだった。あの村は外からの人間を拒むんだ」
紗夜はカップに残ったコーヒーを一口飲み干し、立ち上がった。
その瞳には、刑事時代の光がわずかに戻っていた。
「――わかった。行ってみる」
外に出ると、灰色の雲が低く垂れこめていた。
雨の匂いの中、紗夜はまだ知らなかった。
あの村で、“祈り”が何を意味するのかを。




