異変
御凪遥の事故から数日後。
街では奇妙な出来事が相次いで報告され始めていた。それは日を追うごとにその数を増やしていく。共通して見られるのは、人が突然意識を失い倒れるという事例だ。全く異なる場所や時間帯に発生するものもあったが、いずれの事例も明確な原因が見当たらないという共通点があった。
最初のうちは、単なる体調不良や熱中症、あるいは集団ヒステリーなどと片付けられていた。しかし、その報告がSNS上で拡散され始めると、状況は一変する。
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【速報】アクプラで謎の意識不明者頻発 Part25
1 :名無しさん@おーぷん ID:ABCDE001
まじかよ、また倒れた奴いるって速報きたぞ!
今度は駅前だって。最近マジで変な事件多すぎだろこれ。
17 :名無しさん@おーぷん ID:PQRST004
>>1
うそだろ!?
これって、もしかして都市伝説の『影』ってやつか?
33 :名無しさん@おーぷん ID:KLMNO003
>>17
影?何それ?初耳なんだが。kwsk
56 :名無しさん@おーぷん ID:UVWXY005
>>33
お前ググれカスwww 知らないとかモグリかよwww
78 :名無しさん@おーぷん ID:FGHIJ002
>>1
影とか言ってる奴マジかよwww オカルト脳すぎだろwww
でも正直、ここまで続くと何かあるって思っちゃうわな。
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SNS上では、『影の画像』、そしてそれに伴う不可解な現象についての憶測が飛び交い始める。画像自体は以前から一部で話題になっていたものの、今回の連続する事件によって、事態は新たな局面を迎えた。
あるユーザーが、たまたま連続する意識不明事件の現場を撮影した動画をSNSに投稿したのだ。その動画には、人が倒れる直前に一瞬だけ映り込む、おぼろげな「影」の姿が捉えられていた。この動画は瞬く間に拡散され、人々の好奇心を爆発させた。この出来事をきっかけに、SNSを含めたどのメディアもこのニュース一色に染まった。単なる都市伝説だった「影」は、人々の間でより現実味を帯びた出来事になった。
そんな中、あるハッシュタグがトレンドの上位に浮上した。
#海母教会
それは今回の現象とは無関係に存在する、古くからある小さな宗教団体の名前だった。その信者は決して多くはないが、一部の熱心な信者が「この世の全ての現象は、海母の意思によるものだ」と主張し、今回の不可解な現象を『海母の啓示』と結びつける発言をSNSに投稿し始めたのだ。
「海母教会……聞いたことないな。怪しい新興宗教か?」
結城はスマートフォンを操作しながら眉をひそめた。桜が隣で覗き込む。
「私もよく知らないけど、なんか昔からあるらしいよ。でも、こんな騒ぎに乗じて変なこと言い出すなんて、ちょっと迷惑だよね」
その時までは、自分たちにまで直接影響が及ぶとは、まだ思っていなかった。
二人は他愛ない話に興じながら、アクプラの広場へと向かっていた。
まるで事件など起きていなかったかのような普段通りの光景の中、隣を歩いていた桜が、全身の力が抜けたように突然崩れ落ちた。
その顔は蒼白で、呼びかけにも一切反応がない。一瞬の出来事に、周囲の人のざわめきが大きくなる。
「桜!? 誰か、救急車を呼んでくれ!」
その声に、ようやく数人が慌ててスマートフォンを取り出し始めた。桜は青ざめたままで、呼吸も浅い。
「まさか……桜まで……!」
結城の頭の中に、昼間見ていたネット掲示板の書き込みと、アクプラ周辺で頻発しているという不可解な現象、そして『影』の存在が次々にフラッシュバックする。
遠くから、けたたましいサイレンの音が近づいてくる。音はみるみるうちに大きくなり、広場のざわめきを切り裂くように、赤色灯を点滅させた救急車が到着した。救急隊員が迅速に桜をストレッチャーに乗せていく。結城は声を上げた。
「俺も付き添います!」
「身内の方ですか? 後ほど病院からご家族へご連絡しますので、今はご協力をお願いします」
救急隊員から制止された結城は、桜が救急車へと運び込まれていくのを呆然と見送ることしかできなかった。
結城はすぐに呉羽に電話をかけた。
「呉羽! 大変だ、桜が……桜が倒れたんだ!」
結城の声は焦りと動揺に震えていた。
「なに!? 桜さんが? 今どこにいるんだ?」
呉羽の声にも、明らかな動揺が広がる。結城は、桜が倒れた状況と、それが『影』の集中地点である可能性を必死に説明した。
「わかった。秘密基地で待っている。お前もすぐ来てくれ。詳しい状況はそこで話そう」
呉羽の言葉に、結城はわずかながら冷静さを取り戻した。胸の奥で、言いようのない不安と焦りが渦巻いている。結城は急いで秘密基地へと向かった。
秘密基地のドアを開けると、呉羽はすでにPCに向かっていて、複数のモニターに映し出されたグラフやデータを見つめていた。
「呉羽、何か進展はあったか!?」
結城は息を切らしながら声をかけた。彼の声には、抑えきれない焦燥感が滲み出ていた。呉羽は顔を上げた。その顔には、ここ数日まともに寝ていないであろう疲労の色が浮かんでいた。
「ああ、結城!」
呉羽はそう言って、メインモニターに一つのグラフを表示した。それは、アクプラ周辺で確認された『影』の出現頻度と、同時期に報告された意識不明事件の発生地点を重ね合わせたものだった。
すると、凛のホログラムが画面の横に現れ、指差しながら補足説明を加えた。
「これを見てくださいですぅ!この赤い点が意識不明者が確認された場所と時間を示しているんですぅ。呉羽の解析によると、この時間帯に謎の電磁波みたいなものが異常に検出されてるんですぅ!しかも、御凪遥さんの事故現場もこの範囲に含まれてるんですぅ!」
「見てくれ、結城。このグラフは、特定の時間帯において、『影』の出現頻度が異常なまでに上昇していることを示している。そして、そのピークとほぼ同時刻に、御凪さんの事故を含め、複数の意識不明事件が発生しているんだ。しかもだ、これらの事件は、アクプラを中心に半径500m圏内に集中している!」
呉羽の指が、モニター上の地図の特定のエリアを示す。そこには、赤い点がいくつもプロットされており、その密度は明らかに他のエリアとは異なっていた。
「これは偶然とは考えにくい。このエリアで、何らかの特定の条件が重なった時に、『影』の活動が活発化し、それに伴って人体に異常をきたすような現象が起きている可能性がある」
結城はモニターを凝視した。データが示す事実と、桜の青ざめた顔が、彼の脳裏で重なる。
もはやこれは他人事ではない。
「呉羽……頼む。この現象の正体を突き止めてくれ。これ以上、誰も巻き込ませたくないんだ」
結城の言葉には、強い決意が込められていた。彼の瞳は、単なる好奇心や探求心ではない、もっと個人的で切迫した使命感を帯びていた。
「呉羽、SNSで『海母教会』っていうのが話題になってるのを知ってるか?」
結城が尋ねると、呉羽は少し驚いたような顔をした。
「海母教会? なんだ、その話か。一応、目にしているが、単なる便乗の類だろう? 我々の解析とは直接関係ないはずだ」
呉羽はそう言いながらも、どこか引っかかる様子だった。結城は、その直感を信じることにした。
「いや、もしかしたら何か関係があるかもしれない。この異常な現象と、その教会が主張する『啓示』…何か繋がりを見つける必要があるんじゃないか?」
二人の視線は再びモニターに映し出された謎のデータへと向けられた。