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港町異聞録 ―幼馴染と怪異に振り回される日々―  作者: あったくん
第三章 『繰り返される日々』
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異相交錯 I

 結城は夜の闇に浮かび上がるオフィスビルの正面玄関へ。重い夜の空気と、コンクリートの冷たさが肌に張り付く。


 鼓動が、静かな闇の中でやけに大きく響く。怖い。


(この間に、皆を奥へ行かせなきゃならない)


 警備員との接触を図るため、結城は視線を固定し、歩を進めた。




 その頃、ビルの裏手。


 呉羽は、桜の式神が確認した古びた鉄扉の前に立つ。「関係者以外立ち入り禁止」の文字が薄く残る。


 タブレット。凛が電子ロックの複雑な暗号を次々と解読していく。傍らで、アイドル衣装のホログラムの凛が青白い光で揺らめいていた。


「桜さん。結城が正面の警備員に接触するまで、どれくらいだろうか」


 タブレットから目を離さず、呉羽が尋ねた。


 符に集中する桜。


「式神の感覚だと、あと二十秒くらい。結城は今、立ち止まって、集中している」


「わかった」


 最終コマンドを入力しようとした、その瞬間。


「マスター……!角鹿市全域の複数のポイントから、未知の高周波が急激に観測されましたですぅ!時任の実験、始まりますですぅ!」


 警告と同時、桜の結界が激しく脈打つ。桜は目を見開いて歯を食いしばる。


「くっ……!空間が乱れてる!何、この歪み……!」


 結界を張る手元が、急に不安定になる。街の法則そのものが、広範囲で揺らぎ始めた体感。


 そして、最も鋭敏に異変を感じ取ったのは、神楽だった。


「ひっ……!」


 立っているのがやっと。両手で頭を抱え、呻き声を漏らす。


「神楽ちゃん!」


 結界を支えながら、桜が神楽に手を伸ばす。


 神楽の青白い唇から、掠れた声。


「……気持ち悪い。残滓が、流れすぎてる……同じ記憶が、何度も、何度も、重なって……」


 時任が引き起こした「時間ループ」と「世界線の交錯」の初期位相。それが、神楽の精神を直接焼く。


 呉羽はタブレットのマップを見た。赤い点滅。血の気が引く。


「時任、やってくれたな。街の複数の場所で時空の歪みを同時に発生……大規模実験が始まった!」


「マスター!このままでは、凛のシステムが保てませんですぅ!」


 呉羽は舌打ちした。専門外の「時間位相」に大規模に干渉され、冷静さが消える。


「くそっ!結城が正面を突破する直前に……なぜ今なんだ!」




 その頃、施設の地下、中層階。


 時任 黎明は、再構築した研究所の中枢に立っていた。


 壁面の複雑な回路。古の紋様と光ファイバーが融合している。中央の巨大なドーム状の装置が、青白いプラズマを内包し、低い唸りを上げる。


 時任は、メインコンソールの古風なダイヤルキーを回した。


 機械音声が地下の静寂を破る。


「システム起動。時間位相制御、開始。世界線ノイズ除去プロセス、開始」


 彼の表情は、神に祈る信者のよう。静かで、狂信的だ。


「さあ、理想の未来を迎えよう。悲劇を知らない、永遠の平穏だ」


 最終操作。装置から、地響きのような低周波音が増大する。地下のコンクリートを通過し、角鹿市全体へと、「法則の歪み」が広がっていく。




 結城は警備員に声をかけようと一歩踏み出した。


 その瞬間、周囲の極小空間が揺らぐ。目の前の警備員が、座ったままの姿勢で、一瞬だけ別の時代の作業着姿にちらつき、すぐに元の警備服に戻る。腐敗したような、古い埃の臭いが鼻腔を掠めた。


 結城は、身体がふいに浮遊したような違和感を覚える。


(今、なんか、変なものを見た気がする)


 違和感を無視する。彼は自分のタフさを信じた。


 だが、能力【理法解離】は意識とは無関係に動いた。彼の周辺の極小空間に、緊急保護シールドを展開する。


 バチッという小さな音。結城の周辺の不安定な「位相」が自動的に修復され、安定を取り戻した。彼の能力は、彼の周囲の「法則の乱れ」を、何があろうと許容しない。


 違和感を振り払い、警備員に向かって声を上げた。


「すみません、裏の搬入口あたりで、なんか揉めてる人たちがいました。警察呼んだほうがいいかと。」


 警備員が不意の言葉に顔を上げた。




 特対課の調査車両は、結城たちがいるビルから数キロ離れた場所で待機していた。


「先輩、公用車の手配があって良かったすね。今のところ観測機器も問題ないっす」


 調査車両のモニター。五幡いつはた せんは、突如として跳ね上がった異常な波形を見て状況を口にする。


「各エリアの時空ノイズが急増?波形は制御不能域…ですか。アビス事案発生時と比較しても、この規模は異常ですね」


 部下の井口いのくち 大輔だいすけが慌てて報告した。


「先輩っ!今、ほんの一瞬ですが、ノイズの波形が一点だけで、ごく僅かに安定に振れました!」


 五幡はタブレットの波形を凝視する。街全体の混乱の中で、小さな岩のように法則を押し留めている波形。


「この安定化のパターン……!間違いないですね。アーク・プラザ事案で観測したものと完全に一致します」


 静かに、しかし強い確信をもって続けた。


「彼が関係しているのでしょうか。能力が歪みを局所的に抑え込んでいる?」


 五幡は通信機に手を伸ばし、指示を出した。


「井口、本部へ報告してください。重点観測エリアを、恋ヶ崎緑地周辺に変更します。一帯のエリア周辺を警戒対象とし、情報収集に徹してください」




 裏口の鉄扉前では結城の能力による一瞬の「安定」が、呉羽たちに最後のチャンスを与えた。

 結城の極小空間の法則の修正が、わずかに裏口のメンバーにも影響したのだ。


 桜の結界の揺らぎが収まり、神楽の苦痛も一時的に引く。


「神楽ちゃん、大丈夫?」神楽を抱きかかえながら、桜が尋ねた。


 青白い顔で、神楽が小さく頷く。


「……うん。一瞬、波が引いた…。でも、すぐ戻る…。早くしないと、また……」


「よし、今だ」


 呉羽は冷静な声に戻っていた。タブレットには「UNLOCK COMPLETE」の文字。ロックを解除した鉄扉の取っ手に手をかけ、体重を込めて押し開ける。


 鉄扉はギーッと重い軋みを上げて開いた。冷たい地下通路の闇が、そこに口を開けている。


「行くぞ、桜さん、神楽。りんたん、内部構造とエネルギーの流れの解析を最優先だ!」


 神楽を桜に任せ、呉羽は暗い通路へと踏み込んだ。

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