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港町異聞録 ―幼馴染と怪異に振り回される日々―  作者: あったくん
第三章 『繰り返される日々』
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真実の断片 III

 呉羽の秘密基地を出た結城たちは、恋ヶ崎緑地の広大なエリアに足を踏み入れていた。

 夜の帳が降り、街灯の少ない緑地内は、深い闇に包まれている。夏の熱気が、重い空気となって彼らを包んだ。


「りんたんの解析データで、この辺りが時任の施設の存在するであろうエリアだ」


 呉羽がタブレットの地図を指し示した。彼の傍らには、凛のホログラムが小さく揺らめいている。


「入口は、巧妙に隠されているはずだ」


 結城は、正面の闇を見据えた。


「じゃあ、神楽。頼む。お前の力が、今、一番必要だ」


 神楽は頷き、目を閉じた。

 彼女は感覚を研ぎ澄ませ、両手をゆっくりと広げた。その脳裏に、事故当時の研究所の幻のような光景の断片がフラッシュバックする。神楽の頬は青白い。彼女は、空間に染みついた「残滓」の濃度を頼りに、歪みの核を探る。


「……ん。この場所には、過去の残滓が濃く残ってる。ここ、じゃない。まだ遠い……もっと、濃い場所がある」


 神楽は残滓の濃度を頼りに、方向を示した。

 結城たちは、神楽の指示に従い、緑地の外周を進む。集中が続くたび、彼女の頬に疲労の色が濃く滲む。桜はそっと神楽の背中を摩った。


「神楽ちゃん、無理しないで」


「大丈夫、桜ちゃん。もうすぐ……」


「……こっち。この先、建物に近い……」


 神楽が示したのは、緑地とオフィス街の境目だった。


「ビル街か」


 結城が呟いた。


「時任が、あえて目立つ場所に隠したってことか」


「その方が、かえって偽装しやすい」


 呉羽はメガネをクイッと押し上げた。


「りんたんのデータでは、この辺りが怪しい。神楽、残滓の感覚と照合して、具体的な建物は絞り込めそうか?」


 神楽は額に汗を滲ませながら、顔を上げた。その目には、かすかな動揺が残っている。


「……これ以上は、無理。広すぎるから。でも……ん、すぐそこに、残滓が極端に濃く集まっている場所がある」


 神楽が指差すのは、オフィスビル群。

 結城は桜に振り返った。


「桜、頼む」


 桜は頷き、静かに呼吸を整えた。彼女は左手で印を結び、右手で虚空に薄い光の紋様を描く。

 桜の能力によって、手のひらサイズの人型の影が、闇の中に滑り出した。人には見えないその式神は、音もなくビル群へと向かっていく。

 数分後、式神が桜の元へ戻り、彼女の耳元で小さく鳴いた。


「わかったわ、結城」


 桜は緊張した面持ちで言った。


「あそこのビルよ。地下へ続く通用口から、強い違和感を感じる。ロビーには、警備員が一人いるだけ。でも、奥はダメ。式神の形が保てなくなるほどの、強い乱れがあるわ」


「やったな」


 呉羽がタブレットの解析画面を再確認した。


「マスター!解析と一致しましたですぅ」


 凛のホログラムから、いつもの快活な声が響いた。


「よし、りんたんのデータと一致だ。さすがは桜だ」


 結城たちは、ビルの通用口から少し離れた暗がりに身を寄せた。

 結城はビルの暗い入り口を見据えた。


「俺が正面から注意を逸らす。警備員一人なら動揺させられる。呉羽と神楽は、その隙に入口を見つけてくれ」


 結城は、簡潔に作戦を告げた。


「呉羽、神楽を頼む。桜、二人を守ってくれ。」


 呉羽が異論を唱える。


「結城、待て!」


 彼の声が、かすかに震えた。


「正面からなんて危険すぎる!万が一、敵の異能使いと鉢合わせたらどうするつもりだ!」


 結城は首を横に振った。彼の目は、幼馴染たちを無傷で帰すという固い決意に満ちていた。


「わかってる。だからこそ、俺が行く。全員を無傷で帰すには、この役は俺にしかできない。お前たちは、確実に手がかりを掴んで戻ってくるのが仕事だ。囮は、俺がやる」


 桜は、結城の決意を前にして、反論の言葉を飲み込んだ。彼女は不安そうに、しかし覚悟を決めた顔で頷いた。


「わかったわ。神楽ちゃん、結界は任せて。結城、絶対に、無茶しないで」


「ああ」


 神楽は、静かに頷いた。


「……信じてる」


 呉羽は、結城の決意を折ることはできなかった。彼は深くため息をつき、メガネをクイッと押し上げた。


「わかった。……無茶はするなよ、結城」


 呉羽は、結城が正面の入り口へ向かうのを見て、桜と神楽を連れてビルの裏手へと回り始めた。凛のホログラムは、呉羽の傍らで揺らめいていた。


 結城は、ゆっくりと歩き出す。夜の闇と、ビルの熱を孕んだコンクリートの壁が、彼の背中に迫る。彼の足音だけが、静かなオフィス街に響いていた。

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