真実の断片 II
夏の盛りの夕刻。角鹿つぬがの街は、まだ熱を帯びていた。
木崎呉羽の秘密基地。エアコンの駆動音が低く響く。
モニターの青白い光が、部屋を満たす。隅には、エナジードリンクの空き缶。呉羽の連日の徹夜を物語っていた。
結城、桜、神楽。三人はモニターの前にいる。いつもの快活さはない。重苦しい緊張感が、肌に張り付く。
テーブルの中央には、ホログラム・プロジェクター。古びた研究所の平面図を宙に映し出していた。この街の、過去の闇。
データ分析に没頭していた呉羽が、ついに顔を上げた。その目は赤い。
重苦しい静寂を破ったのは、呉羽だった。
「結論から言う」
呉羽はメガネをクイッと指で押し上げた。その仕草だけで、結城は察した。ただごとではない、と。
「手がかりを突き止めなきゃならない場所がある」
「……場所?」桜が不安そうに、小さな声で繰り返す。
「ああ。神楽の『残滓』観測データと、僕が観測した街の電磁波ノイズを照合したんだ」
呉羽はプロジェクターに、青い光の線で描かれたデータを重ねる。
「『旧試験型動力炉研究所』。過去の事故現場だ。時任黎明という男が、その事故の『歪み』を利用し、今も何かを仕掛けているという仮説に、僕たちの分析はたどり着いた」
結城は腕を組み、神楽を見た。観測で苦悶する神楽の姿が、結城の脳裏に鮮烈に蘇る。
「……時任ってやつが、今、この街で悪さをしてるってことなのか?」
結城の問いは、呉羽の長々とした説明を無視するかのように、結論の核を衝いた。
「ああ、その可能性が最も高い」呉羽は頷く。「奴の関与が、この現象のきっかけだ。で、問題は施設の場所。りんたんの解析で、奴が関わる施設の存在するであろうエリアは特定できた」
「どこなの?」桜が前のめりになった。
「恋ヶ崎緑地周辺だ」
神楽は、ずっと俯いたままだった顔をゆっくりと上げた。その頬は青白い。
「……ん。……間違いない。あの場所」
声が震えている。
「全ての歪みの始まり。過去の悲劇が、今もこの空間に染みついている。冷たい……絶望の感情が混ざっている」
神楽の言葉に、桜の顔が一気にこわばった。
「緑地?あんな広いところに?しかも、神楽ちゃん、そんなに苦しそうなのに……」
桜は結城の腕を掴んだ。
「危険すぎるよ、結城!やめよう。私たちが行く必要はない。特対課に連絡しようよ!」
呉羽の横で、青白い光で投影された凛のホログラムが、心配そうに揺れる。
「マスター……。もし危険な場所なら、特対課トクタイカの人たちに任せた方がいいんじゃないですぅ?マスターたちが無理する必要はないですぅ」
呉羽は黙って、凛に視線を送った。誰もが桜と凛の言葉が正しいと知っている。
しかし、結城の目には、既に街を守るという固い決意の光が宿っていた。
「もちろん、特対課の五幡さんたちには連絡する」
結城は静かに言った。誰も彼の言葉を遮らない。
「でも、動くには、神楽の情報だけじゃ弱すぎる。決定的な証拠が足りない」
結城は、深く息を吸い、一度言葉を切った。彼の視線は、一点を射抜いている。
「また神楽に負担をかけるくらいなら――俺たちが、その特定エリアに行って、研究施設へ続く『手がかり』だけ掴んで戻る。それが一番速い」
「結城!」
桜が強く反論しようとする。
結城は、それを視線だけで制した。
「このまま放っておいたら、また不可解な現象が出てきて、街の人たちが傷つくかもしれないだろ?」
結城はまっすぐ桜と呉羽の目を見つめた。声には確かな重みがある。彼には、幼馴染たちを守りたいという、シンプルな責任感しかなかった。
「俺たちが、この現象の根源を突き止めるしかない。手がかりだけ掴んで、すぐに特対課に情報を渡すんだ。それが、俺たちが今すべきことだ」
呉羽は結城の決意に、静かに納得した。理屈より感情を優先した、結城らしい結論だった。
「……そうだね、結城」
呉羽はメガネの位置を直した。
「行動するなら早い方がいい。日が暮れきらないうちに。りんたんの解析で特定された恋ヶ崎緑地周辺のエリア。奴の施設の入り口は、この広大なエリアのどこかに隠されているはずだ」
呉羽はプロジェクターの映像を、角鹿市の衛星写真へと切り替える。緑地の広大な敷地が、青白い光の中に浮かび上がる。
「手がかりは『過去の残滓』だけ。神楽の能力が示す残滓の反応が強まる場所を、ピンポイントで絞り込んでいく」
神楽は、両手の握りをさらに強くした。覚悟を決めた顔だ。
「うん。……わかってる。私が、みんなを連れて行く」
桜は結城の決意、神楽の覚悟を見て、抵抗することを諦めた。不安を押し殺し、表情を引き締める。
「……わかった。行こう、みんなで」
「誰も……傷つけさせない」
プロジェクターの青白い光が、四人の顔を照らした。
結城は立ち上がる。
小さく息を吐いた。
窓の外は、もう紺色の闇に包まれていた。
「よし。日が完全に落ちる前に、準備しよう」




