真実の断片 I
真夏の強い日差しが、恋ヶ崎緑地の広い芝生を焼き付けていた。呉羽がこれまで「歪みの発生源」と特定した地中には、数日前の人為的な痕跡が微かに残っている。神楽と呉羽は、その残滓を追うためこの場所に来ていた。結城と桜は、別の調査で街に残っている。
蝉の声が降り注ぐ中、神楽は芝生の上に座り込み、そっと目を閉じた。彼女の周りの空気は、重く、冷たい。まるで、夏の熱気が届かない静寂のコアにいるようだ。
「りんたん、残滓の位相パターンは?」
呉羽は、日除けの木陰でホログラムディスプレイを操作する。その横で、アイドル衣装を纏った凛が不安そうに浮かんだ。
「マスター。解析した残滓のパターンは、旧研究所の地下から漏れ出たものと完全に一致しますぅ。しかも、強度が数日前の三倍に増幅されていますですぅ!」
凛の声が震える。この場所で起きている現象が、過去の事故と繋がっていることはもはや明らかだった。
「やはり、研究所の事故が全ての起点か。神楽、無理はするなよ」
呉羽の短い言葉で、神楽は頷いた。彼女のおっとりとした表情が、微かに緊張で強張る。
「……ん。大丈夫、呉羽君。でも……とても、冷たい……。心が凍るような絶望の記憶」
残滓の情動が、神楽の中に流れ込む。
目の裏が焼けるように白い。
――過去が、押し寄せてくる。
――聴こえるのは、興奮と、破滅への予兆を告げるような、不規則な脈動。
完璧な自信を湛えた一人の科学者が中央に立っている。彼の顔も、周囲の研究員たちの顔も、光の粒子のように不安定で判別できない。ただ、その科学者が事故の中心にいることだけは鮮明だ。
研究員の一人が悲痛な声を上げる(『磁場の歪みが理論値からずれている!』)。科学者はそれを「些細なバグ」として切り捨てた。
コアの光が歪み、赤く変色していく。恐怖に変わる研究員たちの声。科学者の顔に、初めて動揺の影が走った。
『馬鹿な…。ありえない。私の理論は完璧なはずだ…!』
緊急警報が、凄まじい轟音にかき消される。空間はガラスのようにひび割れ、砕け散る。やがてすべてが虚無に飲み込まれ、絶望だけが残された。
どれほどの時間が経ったのか。瓦礫の山。その中に、全身に血と煤をまみれながら、一人の人物が生き残っていた。
神楽の胸の奥が締めつけられる。
――この孤独、まるで自分を見ているみたいだ。
神楽は、激しい痛みに襲われ、その場に崩れ落ちた。追体験した深い絶望と、生存の事実が、彼女の心を深く抉る。
「う、うぅ……。制御が、できなくて……。だから、全部、消えた……。でも、生き残って……」
彼女が絞り出した言葉は、事故の状況と、その人物の生存という決定的な断片だった。
「神楽、よく頑張った。りんたん、すぐに神楽のバイタルをチェック」
「はい、マスター。心拍数、急上昇中ですぅ」
呉羽は、神楽の身体を支えた。彼の表情に、戦慄が走る。
「『生き残って』だと……!りんたん!神楽の観測した中心人物の特徴を、消息不明者リストと照合しろ!生存情報と、今回の現象の関連性を確認する!」
凛のホログラムが、瞬時にデータを展開する。
「マスター!照合完了ですぅ。神楽さんの観測した特徴は、行方不明の時任黎明にほぼ確実に一致しますぅ!さらに、彼の残されたデータと、現在の歪みのパターンに強い相関関係がありますぅ!」
呉羽の瞳が鋭く光った。断片的な情報と既存のデータが、一つの結論に繋がる。
「時任黎明……奴が事故の生存者であり、今回の歪みに深く関与している可能性が非常に高い。奴は、事故の後に残された『時間位相の歪み』を、何らかの目的をもって、この街で実験を繰り返している」
呉羽は、ホログラムパネルに表示された歪みのパターンを見つめ、低い声で結論づけた。
「最近この街で起きている小さな歪みやループ現象には、時任黎明となんらかの関連があると見て間違いない」
「りんたん、この緑地の残滓の位相パターンを解析することで、実験を行っている特定エリアを逆探知できるか?」
「任せてくださいですぅ、マスター。残滓の指向性を基に解析しますぅ!」
神楽は、痛みに耐えながら、どうにか立ち上がった。
「りんたん、解析完了まで、どれくらいかかる?」
神楽の問いに、凛は即座に応えた。
「マスター!逆探知解析、完了ですぅ!実験が行われたエリアを特定しましたですぅ!」
凛の報告を受けた呉羽は、ホログラムパネルの残滓の強度グラフを見つめる。グラフは、異常な上昇カーブを描いていた。
「サンキュー、りんたん!次の大規模な実験が実行される前になんとかしないと…」
神楽は、激しい痛みに耐えかね、再びその場に崩れ落ちた。
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次回もまた、港町でお会いしましょう。




