実証
地下室に満ちる冷却ファンとサーバーの駆動音は、まるで生き物が脈打つようだった。葉月は、時任の指示に従い、最終調整を続けていた。
時任は、メインモニターの前に立ち、腕を組んだまま葉月を見守っている。その視線は、彼を通り越し、運び出される機材群に注がれている。まるで、新しい「世界」の設計図を頭の中で描いているかのように。
「ご苦労だった、葉月君。これでようやく、本格的な実験を始められる」
彼の声には、抑えきれない熱が滲んでいた。葉月の胸に、得体の知れない不安が広がる。これまでの研究は「過去の再現」に過ぎなかった。だが、これからは——「未来の創造」だ。そして、その計画に、自分が連れてきたもう一人の人間が関わっている。その事実に、葉月は吐き気を覚えた。
「先生……これから、何をするんですか?」
震える問いに、時任はゆっくりと振り向き、口角を上げた。
「この不完全な世界を、より良きものに変えるのだ」
短い一言。それだけで十分だった。葉月は言葉を失う。師の思想は純粋すぎて、だからこそ恐ろしい。
時任は、地下室のメインコンソールへと歩み寄った。そこに浮かぶホログラムパネルには、複雑な時間位相パターンが表示されている。
「本番の前に、地下室で簡易実験を行う」
時任はそう告げると、パネルのパターンを指差した。
「葉月君。このパターンを、時計回りに最大まで調整してくれ」
葉月は、時任の言葉に内心で息をのんだ。簡単な操作だ。だが、その一つ一つの動作が、時任の狂気的な計画を進める歯車となる。自分がその歯車を動かす役割を担わされている。
抵抗したい。この狂った計画から、逃げ出したい。だが、自分が連れてきてしまった佐藤の顔が脳裏に浮かぶ。もう、後戻りはできない。
葉月は、震える手で、ホログラムのパターンに触れた。重く冷たい感触が、指先にまとわりつく。まるで、鎖をはめられたようだ。葉月がパターンを調整すると、地下室全体に低い唸り音が響き始めた。メインモニターに映し出された波形グラフが、まるで生き物の鼓動のように不規則なリズムを刻む。
「先生……これは……」
葉月の声は、震えていた。時任は、答えなかった。ただ、モニターの波形をじっと見つめている。その横顔には、かすかな満足感が浮かんでいる。
時任と葉月がメインコンソールの前に立ち、最終的な数値を確認していると、地下室の天井に設置されたスピーカーから、ざわめくようなノイズが聞こえてきた。それは、耳を覆いたくなるような、無数の音が混じり合った不協和音だった。時任の顔には微かな笑みが浮かんでいる。
「心配ない。予定通りだ」
時任はモニターから目を離さず、短く答えた。モニターには、地下室の簡易実験で確認されたゆらぎの波形を元に、最適化されたエネルギーのベクトルが表示されていた。それは、まるで一本のまっすぐな道のように、恋ヶ崎緑地へと伸びていた。葉月が連れてきた協力者たちが、すでにデバイスを設置し終えたことを示すマーカーが点滅している。
時任は、再びホログラムパネルに指を滑らせた。今度は、葉月に操作をさせることはない。彼の指の動きは、まるで熟練した指揮者のようだった。デバイスの起動と同時に、地下室全体が青白い光に満たされた。葉月の肌が、チリチリと刺すように痛む。
モニターの中央に、青白い光が収束していく。やがて、その光は地面から空へと伸び、一本の細い柱となった。周囲の空気は歪み、景色が揺らいで見える。葉月は、まるで自分の立っている地面が、溶けていくような感覚を覚えた。
時任は、その光の柱を見上げ、満足そうに頷いた。
「これで、第一段階は完了だ」
時任の言葉に、葉月はただ立ち尽くした。彼の計画は、もう現実のものとなった。逃げる場所が、どこかにあるとは思えなかった。自分は、この道に、完全に引きずり込まれてしまった。
時任は、そう言うと、満足そうに微笑んだ。その微笑みは、葉月には、どこか寂しげで、悲しみに満ちたものに思えた。時任もまた、この道から、もう後戻りできないことを知っているのかもしれない。
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