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港町異聞録 ―幼馴染と怪異に振り回される日々―  作者: あったくん
第三章 『繰り返される日々』
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葛藤

 葉月は、時任から渡された記録メディアを、自宅の机の上に置いていた。それは、時任が事故から持ち出した、研究所のデータの一部だ。数日前、時任は葉月を郊外の地下室に呼び出し、ホログラムで再現された事故の光景と、自らの歪んだ思想を語った。


 時任が語る「歴史を改変し、人々を不条理な絶望から救う」という計画。それは、あまりにも壮大で、あまりにも危険な思想だった。机の上の記録メディアを前に、葉月は何度も自問自答した。


(先生は、あの日の絶望を繰り返さないために、こんな計画を…)


(でも…歴史を変えるなんて…そんなこと、本当に許されるのか…)


 答えは出ない。ただ、時任が漏らした悲しみの言葉が、葉月の耳にこびりついて離れなかった。普段は感情を表に出さない先生が、あの時だけは、深い絶望を滲ませていた。時任の狂気が、個人的な悲しみから生まれたものだと悟った瞬間、葉月の中で何かが決壊した。彼は、先生の孤独な戦いを支えなければならない、と強く思った。


 翌朝、葉月は時任の地下室へと向かった。埃と、カビの混じった空気が、再び葉月の鼻腔を刺激する。薄暗い部屋の中で、時任は、古びたデスクトップモニターの青白い光に照らされ、葉月を待っていた。


「葉月君。計画は、ここから始まる」


 時任の声は、感情を排し、ただ淡々と事実を告げる。


「はい、先生」


 葉月は、声がうわずるのを抑えきれずに答えた。


「君がリストアップしてくれた『協力者』たちに、これから接触を試みる。私の存在を悟られないよう、くれぐれも慎重に進めてほしい」


 時任は、モニターに映る「佐藤」という名前を指差した。


「佐藤君は、研究所のデータ管理を一手に担っていた。彼が持っている情報は、我々にとって不可欠なものだ」


 葉月は、時任の指示に従い、佐藤にメッセージを送った。


『佐藤さん。お久しぶりです。時任先生の研究資料について、いくつか確認したいことがありまして。近いうちにお時間をいただけないでしょうか?』


 メッセージを送信した葉月は、時任に振り返った。


「佐藤さんなら、きっと会ってくれるはずです」


 時任は、無言で頷いた。その口元に、かすかに笑みが浮かんだように見え、葉月は胸が高鳴った。


 数日後、葉月は都内の閑静な喫茶店で佐藤と再会した。佐藤は、時任の事故以来、憔悴しきっているようだった。目の下のくまは深く、以前の活発な面影は失われていた。


「葉月くん…時任先生のこと、本当に残念だったね…」


 佐藤は、悲しそうに呟いた。葉月は、どう答えていいか分からず、ただ黙ってコーヒーカップを見つめていた。


「実は、先生からあなたに託してほしいと、預かったものがありまして…」


 葉月は、時任から受け取った小型の記録メディアを、テーブルの上にそっと滑り込ませた。彼の指先が、わずかに震える。


「これ…は…?」


 佐藤は、メディアを前に言葉を詰まらせる。葉月が口にした「先生から」という言葉に、彼の中で何かがざわめいたのだろう。


「先生が、あなたに、託してほしいと…」


 葉月は、視線を合わせられずに言葉を濁した。佐藤は、メディアを手に取ると、上着の内ポケットにしまい込んだ。


「分かった。すぐに確認してみる。…連絡するよ」


 佐藤はそう言い残し、急いで店を後にした。葉月は、佐藤の後ろ姿を見送ると、時任にメッセージを送った。


『佐藤さんへの接触、完了しました。メディアも渡せました。』


 時任からの返信は、数秒後には届いた。葉月は、時任からの連絡を受け、高橋との接触を試みることにした。


 その夜、佐藤は自室のパソコンの前に座り、葉月から受け取った記録メディアをUSBポートに挿し込んだ。画面に表示されたフォルダには、見慣れないアイコンが並んでいる。彼の指先が、震えながら恐る恐るフォルダを開く。


 中には、膨大な量のデータファイルと、いくつかのテキストドキュメント、そして小さな動画ファイルが一つ入っていた。佐藤はまずテキストファイルを開いた。そこには、時任の最後の研究報告書が記されていた。


『量子コアの暴走は、予測をはるかに超える『時間位相の歪み』を発生させた。空間は歪み、時間軸は乱れ、研究所は一瞬で、まるで別の世界に引き込まれたかのように消滅した。私は、この現象の観測者となり、生き残った。』


 佐藤は息をのんだ。彼の目に、時任の言葉が、そして研究所の崩壊が、ありありと浮かび上がった。報告書を読み進めるうちに、彼の顔は驚愕から、深い悲しみへと変わっていく。報告書の後半には、時任が研究の過程で直面した倫理的な葛藤、そして、未来への絶望が赤裸々に綴られていた。


「先生…!」


 彼は、思わず叫んだ。報告書を閉じ、次に動画ファイルをクリックした。画面に映し出されたのは、時任の顔だった。ホログラムで再現された時任の顔は、以前よりも痩せこけ、その瞳には、深い悲しみと、狂気が宿っていた。


『佐藤君…君にこれを託すのは、これが最後の希望だからだ。私は、この『時間位相の歪み』を制御し、歴史を改変する。君のデータ管理の知識が、この計画を成功させるために、どうしても必要だ』


 動画はそこで途切れていた。佐藤は、画面に映る時任の顔を、涙を流しながら見つめていた。


(先生は、死んでいなかった…!)


 その日から、佐藤は葉月と連絡を取り合うようになった。

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