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港町異聞録 ―幼馴染と怪異に振り回される日々―  作者: あったくん
第三章 『繰り返される日々』
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再構築

 時任黎明は、薄暗い地下室の床に、自身の設計図を広げていた。彼の顔は、不眠と過労で不健康なほどにやつれている。だが、その瞳に宿る狂気じみた輝きは、以前よりも一層強くなっていた。


 彼は、メモリーチップから取り出したデータを、一台の古めかしいデスクトップパソコンに読み込ませていた。それは、あの日の事故の際に、かろうじて持ち出すことのできた、彼の量子理論のすべてが詰まった、唯一の財産だった。


 地下室は、時任がひっそりと借りた、角鹿市内の小さなアパートの一室だ。外部との接触を極力避ける彼の隠れ家は、埃っぽく、湿った空気が漂っている。だが、時任にとっては、ここが彼の新たな研究所であり、彼の孤独な「再構築」の始まりの場所だった。


 彼は、市内のジャンクショップや、廃品回収業者、そしてインターネットの闇市場を漁り、使えそうな電子部品や資材を必死に集めた。元々、研究予算を惜しみなく使える立場にあった彼にとって、この地道な作業は屈辱的であり、同時に、彼がすべてを失ったという事実を突きつけるものだった。だが、彼の心には、その屈辱すらも乗り越える、強い衝動が渦巻いていた。


 彼の机の上には、集めたガラクタの山がある。それらの中から、彼が求める部品を見つけ出し、信じられないほどの精度で改造し、組み立てていく。彼の指には、事故で負った火傷の後遺症が残っているが、それでも休むことなく動き続けていた。


 彼は、モニターに映し出された数式と、手元のノートに書き記したメモを交互に見比べながら、孤独な作業を続けている。彼の指先が、キーボードを叩くたびに、カタカタと乾いた音が響く。その音は、まるで、彼の失われた過去と、彼がこれから創り出す未来を繋ぐ、時の歯車が回る音のようだった。


「…無駄だ…このままでは、また同じ過ちを繰り返す…」


 彼は、独り言を呟いた。彼の脳裏には、あの日の事故の光景が、フラッシュバックのように蘇る。歪んだ空間、引き裂かれた御厨の声、そして、歪みの渦が吐き出した、無数の悲劇の「残滓」…。


 それらの「残滓」は、彼の脳に焼き付けられ、彼の精神を深く蝕んでいた。眠っている時も、目を覚ましている時も、彼の意識は、過去と未来の悲劇に囚われたままだった。彼は、その拷問から逃れるために、そして、その「残滓」を制御するために、新たな理論を構築していた。


「問題は、量子フィールドの不安定な位相だ…」


 彼は、ノートの余白に、新たな数式を書きなぐった。彼の理論は、量子フィールドを安定させることで、完璧なエネルギーを生み出すことを目指していた。しかし、彼は今、その不安定な位相を意図的に利用し、過去と未来を操作する「路」を創り出そうとしている。


 それは、人類が未だ踏み入れたことのない、危険な領域だった。彼の理論は、もはや科学ではなく、神の領域へと足を踏み入れようとしていた。彼は、人類を不条理な悲劇から救うという大義を掲げながらも、その根底にあるのは、自身の完璧な理論が否定されたことへの、深い憤りと、それを証明しようとする狂気だった。


「『不理想』な世界線は、排除しなければならない…」


 彼は、静かに呟いた。彼の頭の中では、人類の歴史が、まるでコンピュータのシミュレーションのように再生されていた。戦争、飢餓、災害…。彼は、そのすべてを「ノイズ」として捉え、それらを取り除くことで、人類を「理想の世界線」へと導こうとしていた。


 しかし、この計画を一人で実行するには、時間も資材もあまりに不足していた。政府の監視下に置かれた身では、大規模な実験機材を調達することなど不可能だ。彼は、この不本意な状況に苛立ちを募らせる。


「……やはり、協力者が必要だ。」


 彼の瞳に、冷たい計算の色が浮かんだ。彼は、もはや人を駒としか見ていなかった。彼の目的のためなら、どのような手段も厭わない。たとえ、その協力者自身が犠牲になろうとも。


 彼は、パソコンのモニターに、ある人物のデータベースを呼び出した。それは、彼がかつて研究を指導していた、ある大学の天才的な学生のものだ。彼には、時任の理論を理解するだけの頭脳があった。さらに、彼は、将来の展望に悩んでおり、時任が提示する「未来を救う」という大義に、簡単に心を奪われるだろう。


 彼は、万年筆を握りしめ、ノートに新たな計画を書き記した。それは、協力者を見つけ出し、彼らを自身の「再構築」計画に巻き込むための、冷徹な手順だった。


「私の完璧な理論は、必ず証明される。そのためなら、どのような犠牲も、些細なノイズに過ぎない。」


 彼の言葉には、もはや過去の御厨への絶望的な叫びも、自己への苛立ちもなかった。ただ、自らの目的のためだけに突き進む、独善的な狂気だけがあった。


 彼は、自らが作り出してしまった「時間位相の歪み」を、もはや「失敗」とは捉えていなかった。それは、人類が未来の悲劇を知り、それに備えるための、唯一の「路」だった。この独善的な思想は、彼の心を蝕む絶望から生まれた、歪んだ自己防衛だった。


 彼は地下室の隅に置かれた、淡く青色の光を放つ小型の試験機を静かに見つめた。

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