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港町異聞録 ―幼馴染と怪異に振り回される日々―  作者: あったくん
第三章 『繰り返される日々』
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旧試験型動力炉研究所 I

 時は遡る。まだ、街に歪みが生まれる前、すべてが希望に満ちていた頃の旧試験型動力炉研究所。


 冷たいコンクリートの壁と、眩しいほどに白い床で構成されたその空間は、まるで未来の神殿のようだった。規則正しく鳴り響く稼働音、精密機械の無機質な囁き、そして空気中に満ちるわずかなオゾンの匂いが、この場所の非日常を物語っている。中央に据えられた巨大な円筒状の量子コアは、微かな共鳴音を響かせ、その表面は淡い青い光を放ちながら、内部に秘められた途方もないエネルギーを物語っていた。


 ここは2040年代に国家プロジェクトとして極秘裏に設立され、欧州のCERNに匹敵する、あるいはそれを凌駕する「高次元物理学研究」と「次世代エネルギー開発」を目的とした、日本版CERNともいうべき巨大研究施設であった。その本来の目的は、従来のエネルギー概念を根底から覆す「次世代型新動力機関」の開発、すなわち空間の揺らぎからエネルギーを取り出す「量子空間エネルギー」の制御にあった。


 そのすべてを担う若き天才科学者、時任ときとう 黎明れいめいは、巨大なホログラムディスプレイに映し出された数式と格闘していた。彼は、白衣を纏い、片手に古風な万年筆を握りながら、その完璧な理論を紙のノートに書き記している。デジタルとアナログが融合した彼の研究スタイルは、彼の思考の深さと、古典的な論理への信頼を象徴していた。その顔には、一筋の迷いもなく、ただ純粋な探求心と、揺るぎない確信が宿っている。


「時任先生、今回のシミュレーション結果、やはり理論値に完璧に収束しています!このままいけば、来週の最終実証実験で、先生の理論の正しさが証明されます!」


 時任の隣に立つ若手の研究員が興奮気味に声を上げた。彼の目は、時任への尊敬と、この研究がもたらすであろう未来への期待で輝いている。彼だけでなく、この研究所の多くの研究員が、時任の才能に魅了されていた。


 彼の言葉は、まるで魔法のように、不可能を可能にする力を持っていた。彼らは、時任の言葉を金科玉条とし、彼の指示を盲目的に実行していた。


 しかし、その一方で、彼の理論が孕む危険性を指摘し、その傲慢なまでの自信に危機感を抱く者たちも存在した。プロジェクトの副主任研究員である御厨みくりや たかしが、時任に声をかける。


「時任くん、前回の小型実験で発生した、あの『磁場の歪み』について、まだ原因を特定できていない。君は『量子空間エネルギーの乱れ』だと言ったが、あれは通常の物理法則を逸脱している。このまま最終実証実験に臨むのは危険すぎる」


 御厨の声は冷静だが、その目には強い警告の色が宿っていた。彼は、時任の才能を認めつつも、彼が未来の可能性にあまりにも夢中になりすぎていることを危惧していた。御厨は科学者としての責任感から、見過ごすことのできないリスクを、繰り返し時任に突きつけていた。


 時任は、ディスプレイから目を離すことなく、わずかに口角を上げて御厨の言葉を「些細なノイズ」として一蹴した。


「御厨さん、それは杞憂ですよ。あの現象は、量子コアの出力が限界値に達した時に、一時的に発生するエネルギーの乱れに過ぎません。人体に影響はありませんし、何より、人類に真の幸福をもたらすためには、些細なノイズに囚われていてはいけません」


 彼の理想は、この小さな研究所に留まらない。無限のエネルギーによって貧困や争いをなくし、人類を新たな高みへと導くこと。そのためには、わずかな危険など取るに足らない代償だと考えていた。


「しかし、その『些細なノイズ』が、いつか取り返しのつかない悲劇を生むことにもなりかねないんだ」


 御厨は、時任の背中越しに、彼の孤独な天才性の中に潜む、危うい狂気のようなものを感じ取っていた。


 時任の完璧な世界観は、少しでもその理想から外れるものを「ノイズ」として排除しようとする傾向があった。


 この日も、御厨の不安をよそに、研究所の日常は平穏に進んでいく。廊下を駆け抜ける研究員たちの声、モニタールームに響くキーボードの打鍵音、そして量子コアの微かな共鳴音。すべてが未来への希望に満ちているように見えた。しかし、その輝かしい日常の裏側で、二つの異なる信念が静かにぶつかり合っていた。それは、栄光と破滅の狭間で揺れ動く、若き天才の物語の始まりでもあった。

お付き合いいただきありがとうございました!


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皆さんの応援が、主人公たちの物語を動かす原動力になります。


次回もまた、港町でお会いしましょう。

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