覚知
何回目のループだろうか。十度目はとうに超え、もはや数えることすら馬鹿らしくなっていた。
「結城くん!これ、絶対可愛いよ!」
桜の声が聞こえるたび、結城は頭の奥がジンジンと痛むのを感じた。同じ光景、同じ声、同じ匂い。すべてが正確に繰り返される。最初こそ恐怖と混乱に支配されていたが、今はただ、ひどく疲労していた。時間がこの商店街の小さな檻に閉じ込められてしまったかのようだった。
結城は、このループから抜け出すために、様々な方法を試した。叫び、走った。呉羽たちに必死に訴えかけたが、彼らは話を聞く前に時間が巻き戻ってしまう。
商店街の出口に向かって走ったこともあった。しかし、出口に差し掛かるたび、結城の足はまるで透明な壁にぶつかったかのように動きを止められ、元の場所に戻されてしまう。その度に、景色は巻き戻り、耳に馴染んだ同じBGMが再び流れ始めるのだ。
このループは、自分たちをこの場所から一歩も出られないよう、誰かの手で巧妙に仕掛けられた罠だと、結城は悟った。絶望が結城の心を蝕んでいく。
そんな中、結城はふと、呉羽の様子がいつもと違うことに気づいた。他の仲間が結城の不可解な言動を単なる奇行や、暑さのせいで体調を崩したのだろうと見過ごす中、呉羽だけは違った。彼は結城が口を開くたびに、その言葉に、行動に、何か意味を見出そうと冷静に観察していた。
そして、今回のループが終わりに差し掛かったとき、呉羽はついに結城の前に進み出た。その瞳はいつも以上に鋭く、知的な光を宿している。
「結城」
呉羽は静かに結城に語りかけた。
「君は何度も『時間が巻き戻っている』と僕たちに訴えかけた。だが、僕たちにはその記憶がない。これはどういうことだ?」
その言葉に、結城は目を見開いた。呉羽は、ただ困惑しているだけではなかった。
「僕たちには、君の行動は突飛で理解不能だ。だが、もし君の言っている『時間が巻き戻っている』という仮説が正しいのなら、君の不可解な行動全てに説明がつく。つまり、君はすでにこの出来事を何度も経験している、という論理的な結論が導き出される。」
結城は、この孤独な闘いを一人で続けてきたと思っていた。だが、呉羽は冷静な観察力と論理的思考で、結城がたった一人で抱えてきた真実に、たった数分間でたどり着いたのだ。
呉羽はさらに続けた。
「この現象が、以前この街で起こった『歪み』と関係している可能性も考慮すべきだろう。そして、君の持つ特殊な能力【理法解離】が、この現象を解決する鍵を握っていると僕は推測する。」
呉羽の言葉に、結城は一筋の光を見た。この孤独な闘いに、ようやく協力者が現れたのだ。
「…まさか、方法があるのか?」
結城の問いに、呉羽は迷いなく頷いた。
「次のループで、ある『実験』を行う。もし僕の仮説が正しければ、僕もまたこの異常な状況を理解できるはずだ。」
呉羽は結城の目を真っ直ぐに見据え、指示を出した。
「次のループが始まったら、これから起こる出来事をあらかじめ全て教えてくれ。具体的な行動、僕が話すセリフ、商店街で次に起こる小さな出来事。どんな些細なことでもいい。それを君が正確に言い当てることができれば、君の言葉は本物だと僕も確信できる。」
結城は、このわずかな可能性にすべてを賭けることを決意した。二人は静かに次のループが始まる、その一瞬を待つ。




