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港町異聞録 ―幼馴染と怪異と忘れられた噂―  作者: あったくん
第一章 『日常から非日常へ』
3/22

幼馴染

 いつもより早く目覚めた結城は、慣れない天井をぼんやりと見上げていた。東京での慌ただしい日々とは違い、ここには静かで穏やかな時間が流れている。

「……今日から高校か」

 小さくつぶやき、体を起こす。ふと、窓の外に目をやると、青々とした空の下、庭の木々が風に揺れていた。鳥のさえずりが聞こえ、都会の喧騒とは無縁の朝がそこにあった。


 部屋を出ると、すでに祖母が朝食の準備を始めていた。食卓には温かいご飯と味噌汁、そして香ばしい焼き魚が並んでいる。

「あら、結城、もう起きてたの? 早いじゃない」

 祖母が優しい笑顔を向けてくる。

「おはよう、ばあちゃん。うん、なんとなく目が覚めちゃって。朝ごはんありがとう」

「いいのよ。今日から新しい学校なんだからしっかり食べないとね」

 祖父はすでに朝食を済ませて、新聞を読んでいた。結城が席に着くと、祖父が顔を上げる。

「じいちゃん、おはよう!」

「おはよう。結城、学校までの道のりはちゃんとわかるか?迷ったら誰かに聞くんだぞ」

「大丈夫だよ、じいちゃん。子どもじゃないし、道は覚えてるから」

 他愛のない会話を交わしながら朝食を済ませ、結城は学校へ向かった。

 初夏の風が心地よく頬を撫でる。初めて通る高校への道だが、潮の香りが微かに漂い、港町の雰囲気が増していく。


 市立角鹿高校は、結城が以前住んでいた頃にはなかった新設校だった。ガラス張りのモダンなデザインは、リニア開通で新しくなった角鹿駅舎にも通じるものがある。校門をくぐり、真新しい下駄箱に自分の名前を見つけると、これから始まる高校生活を改めて実感する。転入手続きを済ませ、職員室で担任の先生の紹介を受ける。

「松島結城です。よろしくお願いします」

 担任の先生に連れられ、新しいクラスの前に立つ。教室からは賑やかな話し声が聞こえてくる。結城は深呼吸ひとつすると、教室へ入った。


「みんな、静かに!今日から新しい仲間が増えるぞ」

 教室のざわめきが収まり、一斉に視線がこちらに集まる。結城は教卓の横に立ち、クラスメイトたちを見渡した。

「松島結城です。小学生の頃、この角鹿に住んでいました。よろしくお願いします」

 頭を下げると、クラスメイトからまばらに拍手が起こった。担任の先生が、結城の席を指定する。「松島は蓬莱の隣だ。よろしく頼むぞ。」

 教室の奥から聞き覚えのある、元気いっぱいの声が響いた。

「結城ー!こっちこっち!」

 声のする方を見ると、そこには見慣れた顔があった。晴明神社の神主の娘で、引っ越してからも連絡を取り合っていた幼馴染の蓬莱ほうらい さくらだ。昔と変わらない明るい笑顔で手を振り、隣の席を指さしていた。結城は思わず笑みをこぼした。

 結城は荷物を置き、自分の席に座る。久しぶりに会う幼馴染との再会に、胸の奥がじんわりと温かくなった。


 休み時間になると、結城は桜に連れられ、別のクラスの幼馴染たちに会いに行った。

「神楽ー!呉羽ー!」

 桜の声に、二人が顔を上げた。そこにいたのは、内気な性格でおっとりしている、妹のような相生あいおい 神楽かぐらと、寺の息子で生来のオタク気質である木崎きざき 呉羽くれはだった。呉羽はタブレットを片手に何かをブツブツ呟いている。呉羽の隣には、可愛らしいアイドル風のAIがホログラムで浮遊している。

「神楽、久しぶり!」

「結城、また会えて嬉しい」神楽がそっと声をかけた。その声は昔と変わらず、どこか神秘的な響きがあった。

「呉羽はなんか…、相変わらず…だな」

「おいおい結城、相変わらずなんて失礼だな。この俺様が停滞しているとでも?……なあ、りんたん?」呉羽が眼鏡をクイッと上げ、隣のホログラムAIに話しかける。

「はーい、マスター!呉羽様は常に進化中ですぅ!」可愛らしい声でAIが応える。

「まさかこんなに早く戻ってくるとは思わなかったよ。連絡はしてたけど、東京でバリバリやってるもんだとばかり」桜が結城の肩をポンと叩いた。

「色々あったんだよ。でも、また皆と同じ学校になれるなんて、運命かな」

「運命だね!これからまた、一緒に色んなことできるね!」桜は満面の笑みで言った。

 久しぶりに会う幼馴染たちとの再会に、胸の奥がじんわりと温かくなった。


 昼休み、結城たちは広々としたモダンな学食へと向かった。窓からは陽光が差し込み、明るく開放的な空間が広がっている。

「角鹿高校の学食は、リニア開通に合わせて新しくなったんだよ。メニューも豊富で美味しいんだ!」桜が嬉しそうに説明する。

 それぞれが好きなメニューを選び、テーブルを囲む。

「結城がいなくなってから、ここもちょっと寂しかったんだぞ」桜が言った。

「俺もだよ。連絡はしてたけど、こうして直接会うのは久しぶりだからな。みんなのこと、時々思い出してたよ。欧州軒のカツ丼とか、桜のお祭りでの巫女姿とか、呉羽の発明品とかさ」結城は少し照れくさそうに答える。

「えー、巫女姿とか!やめてよ恥ずかしい!」桜が顔を赤らめる。

「僕の発明品は『変な』じゃない。最先端技術の結晶だ」呉羽が反論する。「なあ、りんたん?」

「その通りです、マスター!」可愛らしい声でAIが応える。

「そういえば、結城は部活どうするんだ?俺は情報処理研究部で、りんたんと一緒に新しいAIの開発をしてるんだ」呉羽がタブレットを見せながら得意げに話す。画面には、複雑なプログラミングコードが流れていた。

「私は弓道部だよ。神楽も一緒」桜がにこやかに続ける。「最近は、昇段審査に向けて練習頑張ってるんだ。」

「私は、桜に誘われて。でも、弓を引くと、心が落ち着くから」神楽が静かに微笑んだ。

「へぇ、弓道か。神楽に似合ってるな。俺は、特に決めてないんだ。しばらくは帰宅部で、様子見かな。部活もいいけど、みんなと遊ぶ時間も欲しいし」

「そっか。まあ、焦らなくてもいいんじゃない?ゆっくり決めれば。いつでも相談乗るからね」桜は理解を示す。


 放課後、結城を歓迎するためにと、部活動を早めに切り上げてくれた神楽と呉羽も合流し、幼馴染たちと連れ立って学校を出る。校門を出ると、潮の香りが少し強くなった気がした。校庭ではサッカー部や野球部が練習に励み、活気ある声が響いている。港町の賑わいと、どこか昔ながらの風情が入り混じる街並みは、結城にとって新鮮だった。リニア開通の影響か、観光客も増え、新しいカフェや土産物屋が軒を連ね、未来的なデザインの看板が目を引く。


「昔と変わったところもあれば、変わらないところもあるんだな」

 結城は、変わりゆく街並みと、それでも確かに残る懐かしさを感じながらつぶやいた。

「そうだよ。でも、変わらないのは、私たちみんながまたここにいるってことだね」

 桜が屈託のない笑顔で言った。その言葉は、結城の心にじんわりと染み渡る。不安と期待が入り混じる中で、幼馴染たちの存在が、何よりも大きな支えとなることを感じていた。

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