海母教会
呉羽からの緊急メッセージを受け取った結城は、急いで秘密基地へと向かった。夜の闇に包まれた寺の境内で、古い蔵の重い扉を開けると、そこには複数のモニターに映し出されたデータを見つめる呉羽と、その隣に立つ神楽の姿があった。
「呉羽! 一体どういうことなんだ?」
結城が息を切らしながら問いかけると、呉羽は顔を上げ、深刻な表情で言った。
「見てくれ、結城。御凪さんから聞いた、あの『海の底から響く音』。その正体がわかったかもしれない。この音は、特定の周波数帯を持つ超低周波の波動だ。この波動が、今、市内のあらゆる場所から検知されている。まるで、街全体が巨大な増幅器になったかのように…」
呉羽が操作するモニターには、角鹿市内の地図が映し出され、無数の光点が点滅していた。その光点は、徐々に数を増やし、街全体を覆いつくそうとしている。
「この波動が、人間の脳に干渉している可能性がある。御凪さんや桜さんが倒れたのは、この波動が意識を司る部位に作用したためだと考えられる」
凛のホログラムが、心配そうな声で続けた。
「解析によると、この波動の発生源は、複数の地点にあるようですですぅ! アクプラ、恋ヶ崎緑地、そして御食津の松原…どんどん増えていってますですぅ!」
結城は、それらの地点がすべて、過去に『影の画像』や怪異が目撃された場所であることを思い出した。そして、あの怪異が実体化する直前にも、この波動が観測されていた。
「これって、つまり…」
結城が言葉を詰まらせると、呉羽は腕を組み、静かに頷いた。
「ああ。この超低周波の波動こそが、古来より伝わる伝説の存在、ワタツミの目覚めを促し、そして怪異を具現化させるトリガーになっている可能性が高い。そして、これらの発生源が意図的に仕掛けられたものだとすれば、背後には何者かがいるはずだ」
その時、モニターに映し出された地図が光を放ち、すべての光点が、海沿いの古い集落にある一点へと収束していく。
「…この波動のメインソースは、たった一つの場所から発信されている。増幅器になっている複数の地点も、すべてこの場所を中心に配置されている…」
「じゃあ、やっぱり…」
「海母教会、か…」
結城と呉羽は、同時にその名前を口にした。
結城はスマホを取り出し、海母教会の情報を再び検索した。すると、教会のホームページに、不気味なメッセージが掲載されているのを見つけた。
『深海の母は、今、目覚めようとしている。この世の穢れを浄化し、新たな世界へと導くために。さあ、共に祈りを捧げ、母なる海へ回帰しよう。』
*****
ほぼ同時刻。海母教会の地下深くにある石造りの広間では、儀式が最終段階を迎えていた。中央に置かれた巨大な『胎動石』が青い光を放ち、深い唸り声を上げている。
「間もなくです、教主。ワタツミの力が、市全域に満ちていきます」
広間の隅に立つ、黒沢凪が感情のない声で報告した。彼の視線の先には、深いフードの影に顔を隠した人物が、静かに瞑想に耽っていた。
「よろしい。だが、まだ浄化には程遠い…」
教主は静かにそう呟くと、ゆっくりと凪の方に顔を向けた。その表情はフードの影に隠され、伺い知ることはできない。
「人の世は、すでに穢れに満ちている。自らの欲望のためだけに海を汚し、自然を破壊し、ワタツミの怒りを買った。このままでは、すべてが滅びるだけだ」
教主の声には、深い悲しみと、それでも揺るがない決意が宿っていた。
「私たちは、ワタツミの力で、一度この街を海に還さねばならぬ。そうすることで、新たな生命が芽吹くのだ」
凪は教主の言葉を聞くと、無言で頭を垂れた。
「地上の者たちに、怪しき者が紛れ込まぬよう、よく目を光らせるように伝えよ」
「御意。」
*****
海母教会の近くまで来た結城、神楽、呉羽の三人は、建物の影に身を潜めた。教会の建物は、古びた洋風建築で、窓からは明かりが漏れている。中からは穏やかな談笑が聞こえてくる。
その時、呉羽は手に持ったタブレットの画面を、結城に見せた。
「この波動の発信源は、建物の主階じゃない。教会の真下、地面の奥深くから放射されている。建物の構造物から反射される波形を解析した結果、この真下に大規模な空洞があることがわかった」
「この教会の地下で、ワタツミの力を増幅させている」
結城は、静かに言った。
「地下へ向かおう」




