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胎動

 静寂に包まれた地下空間に、低い唸りのような音が響いていた。それは、規則正しく脈打つ機械の駆動音か、あるいはこの場に満ちる異質なエネルギーの鼓動か。壁面には、古の紋様と現代的な回路が融合したような複雑なパターンが刻まれ、中央には巨大な円卓が据えられている。


 円卓を囲むように、数人の人物が座していた。彼らは皆、海母教会の幹部であり、同時に【アビス】の主要な執行者たちでもあった。その顔は影に覆われ、表情を読み取ることはできない。


 一人の人物が口を開いた。その声は低く、空間全体に響き渡るような響きを持っていた。円卓の最奥に座す、フード付きの深いローブに包まれた、性別すら判別できないその人物は、アビスの教主であった。


「『海鳴りの幻影』の進捗は?」


 円卓の一角から、黒い装束を纏った男の声が応じた。執行者、『黒沢くろさわ なぎ』だ。彼の声には一切の感情が感じられない。

「順調に推移しております、教主。御食津の松原における現象は、当初の予測を上回る規模で拡大しています。周辺住民の意識不明者は増加の一途を辿り、既に数名が『影』へと転化いたしました。」


 教主は静かに頷いた。

「『増殖する影』の状況は?」


「こちらも順調です。アーク・プラザを中心に、人々の負の感情が飽和状態に達し、影の具現化が加速しています。情報端末を介した拡散も、我々の計画通りに進んでおります。」

 黒沢凪は淡々と報告を続ける。彼の言葉には、人々の苦痛や混乱に対する一切の感情が欠落していた。


「霊的資源の強奪は?」

 教主の声が、わずかに熱を帯びたように聞こえた。


「角鹿市内の霊的要所からのエネルギー吸収も滞りなく。特に晴明神社からは、予想以上の神気を奪うことに成功しました。結界の弱体化も確認済みです。」

「よろしい。」

 教主は満足げに呟いた。

「ワタツミの目覚めは、着実に進んでいる。我々の悲願、『母なる海への回帰』、そして人類の浄化は、目前に迫っている。」


 その言葉に、円卓を囲む幹部たちが一斉に立ち上がり、右手を胸に当てて深く頭を垂れた。

「母なる海に!」

 彼らの声が、地下空間に厳かに響き渡った。それは、狂信的な信仰と、揺るぎない覚悟の表明だった。


 教主はゆっくりと立ち上がると、空間の奥へと続く通路へ向かった。そのローブの裾が、床に描かれた複雑な紋様の上を滑っていく。

「次なる段階へ移行する。準備を進めよ。」

「御意。」

 黒沢凪は無言で頭を下げた。彼の瞳の奥には、教主への絶対的な忠誠と、冷酷な決意が宿っていた。

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