ただいま角鹿!
2060年6月半ば。東京から角鹿市へ向かう北陸リニアの車内。
真新しいシートに身を沈めた松島 結城は、窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めていた。時速500キロを超える高速で移り変わる緑の残像の中、過日の夏の思い出がよみがえる。
小学生まで父親の実家である角鹿にある祖父母の家で暮らしていた。
夏になると、幼馴染たちと御食津の松原で海水浴に明け暮れた。真っ赤に日焼けした肌、べたつく砂浜、打ち寄せる波の音……。
一度は離れたこの街に、再び戻ってくることになるとは思わなかった。
幼少期を過ごした街に再び身を置けることに、どこか心が落ち着くことでもあった。
鼻腔をくすぐる潮の香り、遠くで聞こえる幼馴染たちの笑い声……。
間もなくリニアが減速し始める。
「まもなく、終点、角鹿に到着いたします。お忘れ物のないよう、ご注意ください。」
結城はシートに背中を預けたまま盛大に背伸びをする。
シートの座り心地に名残惜しさを感じつつ、ホームに降り立つ。
その瞬間、あの懐かしい潮の香りが結城の鼻腔をくすぐった気がした。都会とは違う、のんびりとした空気。これから始まる新しい生活に不安と期待を感じながら、改札を通り過ぎる。
「ただいま角鹿!」