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性犯罪もセクハラもない世界

作者: デギリ

天川南は生物科学の分野で卓抜な業績をあげた若き天才として名高い。


ある晩、南は大学の同級生で同性愛のパートナーであるスーザン・マスカと電話で話していた。


「南、あなたがキーパーソンよ。

早くこっちに来てプロジェクトに参加して」


「私も男は嫌いよ。

特にオタクは見た目も行動も気持ち悪いし、いやらしい目でこっちを見て、ゴキブリ並みに嫌いだわ。

だけど、だからと言ってそのプロジェクトは過激過ぎない?」


議論は平行線となる。


翌朝、彼女は所用で普段は避けている朝の満員電車に乗っていた。


(誰かが尻を揉んでやがる。

だから男は本能しかないとスーザンに言われるのよ!)


南は「痴漢!アンタ、突き出してやるから」と叫び、その男の手を掴んだ。


その時、ちょうど電車が駅に着いた。


駅で降りる人に紛れて男は手を振り解き、逃げ出した。

その間際に、南の方を見て、「ドブスじゃないか。触るんじゃなかった」と捨て台詞を吐く。


小太りでメガネに長めのフケだらけの髪といういかにもオタク風の男が逃げ去るのを見て、南は地団駄を踏んだ。


その夜、南はスーザンに電話した。


「あなたの提案に乗るわ。

やっぱり男は去勢しなきゃダメだわ」


「だから私が言っていた通りでしょう。

もう必要な同志は集まっている。

あとはキーパーソンとなる南がくれば始められる。

では、宦官プロジェクトを開始しましょう」


南は大学を退職し、マサカ財団の研究所に入った。

スーザンは、世界有数の企業の創業者にしてマッチョイズムの塊である父に反発して女性に性転換をし、男根主義との戦いを生涯の目標としている。

そして、父の膨大な遺産を使い、プロジェクトを進めた。


数年後、プロジェクトは完成した。


「このウイルスを撒けばいいのね。

では、ここアメリカで私が撒きましょう。

これで世界は性犯罪とマッチョイズムから解放される」


スーザンはそのウイルスをニューヨークのビルから群衆に撒き散らした。


その効果は1ヶ月後に明らかとなった。

世界各国で性犯罪が消滅したのだ。

そして性行為もなくなる。


この異変に世界中が狼狽える中、マスカ財団は声明を出した。


『怯えることはありません。

私達はより高度な人類への進化を果たしたのです。

男の持つ性衝動は原始時代には適合しても、女男平等の文明にはふさわしくありません。


私達は人類のオスの性欲を制御するとともに人類の存続を可能にできるよう、オスどもに発情期を設けました。

それは3年に1ヶ月間です。


私達女性はそれ以外の期間は安心して生活することができます。

これは文明の大きな進歩です。


人類の進化をともに喜びましょう


マスカ財団理事長 スーザン・マスカ』


その声明に対して、予想されていた男からの反発はなかった。

彼らは性欲を失うとともに女性への興味もなくなった。


男達は、青年の頃をピークとして膨大なエネルギーと時間、金銭を費やしてきた女性を獲得するための衝動がなくなり、それを勉学や仕事、スポーツ、趣味に活かすことができ、満足していた。


逆に、スーザン達への感謝を表明する者が続出した。


ネットはこんな投稿で溢れる。


『マスク財団のお陰で、彼女を持たなければという強迫観念から抜け出し、勉強や部活に集中できました』


『彼女の機嫌を取るのに必死だったのが、なぜこんな女に執着しているのかと気づかせてもらいました。別れて、仕事に集中でき、お陰で昇進しました』


『キャバクラの女の子に借金してまで貢いでました。今となっては何故あんなことをしていたのか。悪夢から抜け出させてくれたスーザン理事長に感謝します』


もちろんDVやストーカー、セクハラから解放された女性からの感謝もあったが、男に比べればごく少数であった。


それよりも遥かに大きな反発や怒りが女性から浴びせられた。


『夫や恋人が抱いてくれなくなった』

『彼氏から別れを告げられた、プレゼントをしてくれない』

『男達からの貢物が無くなった』

『夜の店で働いていたが、客が来ないので倒産した』


既婚家庭では、夫婦はルームシェアの友人となる。子供への愛情に変化はないので、子供がいる家庭はともに子育てをする。

夫が妻を見る目は厳しくなり、専業主婦という立場はほぼ消滅した。


恋人は友人関係となるが、ほとんどのカップルは恋愛感情の消失とともに別れることとなった。


また、経済的な打撃は大きい。

風俗店などの夜の店だけでなく、アダルトサイトやゲーム、雑誌は一切売れなくなった。

テレビや映画、本も恋愛物の売れ行きは激減する。

男性では高級な車や高い服、女性向きの宝飾品、高級衣類、化粧品の売れ行きは半減した。


いかに異性にモテたいかということが多くの消費を占めていたかが初めて判明した。


世界は大不況に突入し、立場の弱い女性ほどダメージを受ける。


同時に男達は冷静に考えて、これまでの男女別扱いや女性への優遇措置を撤廃することとする。


「人類という基準で考えれば男女差を敢えて強調する必要はない」


すべてのスポーツなどは男女は同じ立場で競技し、トイレも浴場も男女同じである。


性欲の無くなった男達は、裸の女を見ても裸の男と同様に何の興味もなく目を逸らした。


「裸の人間というのはあまり美しいものではないな。なぜあんなに女の裸を見たかったのか不思議だ。犬や猫を見ている方が遥かに目の保養となる」


それが男達の感想である。


そのことは女性達、特に自分の美しさに自信を持っていた女の自尊心をひどく傷つけた。


美女の価値はなくなり、モデルや女優、歌手はルックスでなく演技力や歌唱力で決められる。


多くの女達は、男が自分達に全く関心を持たなくなることに傷つき、ルッキズム反対を謳っていた女性活動家だけが喜んだ。


性被害は無くなったが、女性であるが故のメリットも無くなった。若い女性がちやほやされることもなくなり、テレビのアナウンサーも若さよりも年配の落ち着いた話し方や態度が選ばれる。


更に、女性を求めるエネルギーを仕事や勉学に振り向けた男は、会社や学校で優位に立ち、以前よりも男女の格差は広がった。


当初、女性の人権向上、女男平等の取組だと讃えられていたマスカ財団は世界中の多くの女性から激しく非難される。


予想外の事態にスーザンや南は狼狽し、非難の声に対して彼らは再び声明を出す。


『男に媚びを売るような仕事や行動を止め、真っ当な仕事につき、自立を目指そう。

男に依存するのでなく、女は自らの価値を向上し、男に打ち勝とう。

身体が淋しければ同性愛という手段もある。

原始的な性欲に左右される社会を脱して、高尚な社会に昇華するために協力しましょう』


社会的に恵まれた立場、同性愛という立場からの上から目線の声明は、かえって怒りを増幅させ、世界では怒れる女性による暴動が起こった。


『マスカ財団、許すまじ。

男の性欲を元に戻せ!

自然を歪めるな!』


南は女性達に自宅を破壊され、必死に逃げ回っていた。


彼女を助けたのは思わぬ人々であった。


「天川さん、こちらへおいでください」


顔を隠した男達に車に乗せられた南は、どこに連れて行かれるのかと身体を固くした。


連れて行かれた場所は寺院であった。

そこでは僧侶や神父が暖かく迎えてくれた。


「あなた方のお陰で、性欲という大きな煩悩を取り払うことができ、集中して修行に励むことができます。

あなたは私達の観音です」


感謝した僧たちによって南は寺院で匿われ、丁寧な待遇を受けていたが、そこを突き止めた女性団体が殴り込んできた。


「南さん、私達の手ではもう庇いきれませんが、もっと強大な団体が保護を申し出ています。

彼らであればあなたを安全に匿ってくれるでしょう」


謎の男達に案内されるままに辿り着いたのは、ゲームや同人誌に溢れて、ポスターがベタベタ貼られた怪しい部屋。


「ここなら安全です。

女達は我々を毛嫌いしてますから、ここにはやってきません」


覆面を脱いだ彼らは、南の大嫌いな人種。

それは、フケだらけの髪に、指紋のついたメガネ、小太りで脂ぎったオタクたちであった。


「南さん、あなたにはいくら感謝してもしきれません。

女性に相手にされず、モテるイケメンたちには馬鹿にされていた僕たちを解放してくれたのはあなた方です。


エロゲーに興味がなくなったのは少し残念ですが、恋愛という呪いから逃れることができてとても幸せです。

僕たちの仲間は世界中どこにでもいます。

あなたは我々の女神。いつまで居てもらっても構いません。


ああ、できるなら発情期というのも無くしてもらえませんか。

人類の存続はクローンや人工授精で問題ないでしょう。

我々に恋愛も交尾も必要ありません。

そうすれば魔法を使えるようになるかも。

それこそ人類の進化です!」


力説するオタク達の話を聞きながら、南は悪夢を見ているようであった。


(コイツらから逃れるためにウイルスを作ったのに、コイツらを一番喜ばせることになるなんて。

もうどうすればいいのかわからない。

スーザン、私達のやったことは失敗だったのかしら)


彼女は、自分に感謝するオタクの集団を前に、自分の行為を激しく後悔した。




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― 新着の感想 ―
せめて同性間でも上から目線を無くせば 或いは自分と同じ性別も性欲にしろ美意識にしろ無くせば良かったのに
すっげぇ皮肉で面白い
貞操逆転世界を目指せばよかったのではなかろうか(真顔俺) それにしても何という皮肉だ、自身らが最も毛嫌いした存在が最も自分達を守ってくれるのだから、襲撃する事すら断念すされる程毛嫌いした相手との生活…
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