線香花火が消えるまで一緒にいさせて、傍にいて。
私には長年想いつづけてる人がいる。可愛い女の子が大好きな久世颯汰。モテるくせに彼女というものをなかなか作らない颯汰に内心ホッとして『ま、まだ大丈夫でしょ』って、なんの根拠もない謎の自信みたいなものがあった。たとえ颯汰の彼女になれなくてもこのポジションは、颯汰の隣はこれからも私だけのものだって、信じて疑わなかった。
それは突然奪われる、颯汰の一言によって──。
「なあ、志穂」
「んー?」
「俺、好きな奴いんだけどさ」
「……は?」
線香花火に火を付け、火花が美しく散りはじめた頃、幼なじみの唐突な報告に同様が隠しきれず、手に持っていた線香花火を濡れている地面へ落としてしまった。
「おいー。落とすなよー、もったいねえ」
「……あ、ああ……うん、ごめん」
地面に落とされた線香花火はジュッと控えめた音と共に光を失って、呆気なく終わりを迎える。これなら儚くも美しいあかりを灯すはずだったのに、まだ何も始まっていなかったというのに、私が消してしまった──。
「ほら、もう落とすなよ」
「うん、ありがとう」
颯汰が差し出してきた線香花火を受け取って、好きな人なんていたの? いつから? 誰なの? そんな言葉しか出てこない。
「全然気づいてくれねぇんだよなー、そいつ」
「……へえ、そりゃ大変だね」
聞きたいことがたくさんあるのに聞けない、聞きたくない。
── ずっと、ずっと大好きだったのに。
どれだけの月日が流れて、どれだけの年月が過ぎようとも、この気持ちが色褪せることなんてなくて、颯汰との思い出も色褪せることはなくて──。
私とは真逆な、似ても似つかないような可愛らしい女の子がタイプだって昔から公言してる颯汰のことを好きでいることがツラくて、何度も何度もこの気持ちに蓋をしようとした。無かったことにしようとした。でも、やっぱりそんなことはできなくて。この気持ちを無かったことにするのも、忘れるなんてことも私には到底無理だった。
ふとした時、思い浮かべるのはいつだって颯汰のことで、この想いが色褪せることなんてこの先も絶対にない。なのに、どうして……? なんでこんなことになっちゃったのかな……なんて、そんなこと自分が一番よくわかってるくせに。
こうなったのも結局は、適当な理由や御託を並べて逃げてきた私自身のせいだってこと。心の片隅で“颯汰は私のもの、だって幼なじみだし”みたいな驕りがあったのかもしれない。私のものでも何でもなかったのにね。ただの腐れ縁、ただの幼なじみだったのにね。
ごめんね、颯汰。私、『好きな人が幸せだったらそれでいい、それが私の幸せだよ』だなんて、そんなこと思えないし言えない。ずっと私の隣で笑っててほしかった、私の傍にいてほしかったって、どうしてもそう思っちゃうから。
「どーしたら気づいてくれんのかなぁ。ほんっと鈍感なんだよな、びっくりするくらい」
「……ふーん。どうもこうも、告白すればいいんじゃない?」
いやだ、さよならなんてしたくない。颯汰のこと忘れることなんてできない。どこにも行かないで、誰のものにもならないでよ。
「関係が壊れそうで怖いっつーか、振られんのが怖いっつーか」
「……へえ、モテ男のあんたでもそんな不安になるってどんだけ可愛い女の子なのよ。拝んでみたいわ」
私は、どうしても颯汰じゃないといけないのに──。
「あー、可愛いっつーよりは綺麗系かなぁ? まあ、俺からしたら可愛いくて仕方ねぇんだけど」
「……ふーん、惚気きんもっ」
颯汰が私にこんなことを言ってくるってことは、その子に本気なんだと思う。だってこんなこと言ってくることなんて、未だかつてないもん。
となると、私のすることはただひとつ──。“強制的に颯汰への想いを断ち切って、諦めなくちゃいけない”ということ。この現実から逃げることなんて、もうできないんだから。
「キモいとか言うなよー。地味に傷つくわソレ」
「……はは、ごめんごめん」
私は今、あなたの隣で上手く笑えてる……?
「俺のこと“男”として全く見てないんだろうなぁ、そいつ。意識されてんなーって思ったことねぇもん」
「……へえ、そっか。そりゃどんまーい」
もういい、何も言わなくていい、何も言わないで。そんなの聞きたくない、颯汰の恋バナなんて一番聞きたくなった。
お願いだからこの瞬間だけは、私だけのものでいて。お願いだからあと少し、あと少しだけ隣にいさせて。
「いつも一緒にいんのにな~」
「……へえ、そうなんだ。てことは同じクラスの子なんだね」
── この線香花火が消えるまで一緒にいさせて、傍にいて。
「同じクラスっつーか、幼稚園から高校まで一緒」
「ふーん」
「なんて告ったらいいと思うー?」
「え? ああ、シンプルに『好きです、付き合ってください』とかでいいんじゃないの? ストレートに言われたほうが嬉しいと思うよー、たぶん」
「そっか。なあ、志穂。好き、俺と付き合って」
「……ああ、うん……ん?」
・・・はい?
ずっとうつ向いてた顔を上げて颯汰を見てみると、ニヤッと意地悪な笑みを浮かべていた。え、なに、どういうこと? 颯汰が私のことを……好き? なんの冗談? こんな時にそんな冗談、笑えないんだけど。
「やっとこっち向いたな」
「は? え、どういうこと?」
「いや、だから、好きなんだけど? 志穂のこと」
「そんなの、嘘……でしょ」
「こんな嘘、俺が言うともでも?」
颯汰がこの手の嘘をつく男ではないって、私が一番よく知ってるでしょ。
「どうして、なんで私なの……?」
「ああ、気づいたら好きになってた。これじゃダメ?」
ちょっとだけ困ったような照れくさそうな顔をして笑う颯汰を見て、涙がツーッと頬を伝っていく。嬉しいという感情より、颯汰が他の誰かのものにならなくてよかったっていう安心の気持ちでいっぱいで、安堵の涙が流れていく。
「なに泣いてんだよ」
私の頬に優しく手を添えて、丁寧に私の涙を親指で拭う颯汰の指先から想いが溢れ、『お前のことが好きなんだって』ってその指先の熱から伝わってくる。
「……っ、ごめん。私、颯汰のことが好きなの」
「は? え?」
「ずっと、ずっと好きだった」
「……ちょ、ごめん。もう我慢すんの無理だわ」
「え、ちょっと颯汰っ」
線香花火の火玉が地面に落ちて、ジュッと控えめな音を立てたのと同時に私達の唇は重なった──。
「志穂、好き」
「私も好きだよ、颯汰」
── 線香花火の火玉が落ちる頃、私の長年想いつづけた恋は実り、この先も一緒にいさせてくれそうで、傍にいてくれそうです。
「どーする? 今日泊まってくか?」
いつもなら二つ返事で『うん』と即答しただろうけど……なんていうか、幼なじみから男女の関係になったっていうのが、ちょっと恥ずかしかったり気まずかったりもする。幼なじみのカップルって最初はみんなぎこちない感じなのかな?
「今日泊まってく予定だったろ? どーせ」
「ま、まあ……そうだけどさ」
「なら泊まってきゃいいじゃん。もう中入ろうぜ~」
「あー、うん」
颯汰に言われるがまま颯汰ん家に泊まることになったのはいいんだけど、颯汰が余裕そうっていうか飄々としすぎじゃない? なんかムカつくんだけど。
「あ、ちょい先に部屋行ってて」
お風呂に入って髪を乾かし歯を磨いて脱衣所から出ると、財布を持ってどこかへ行こうとしてる颯汰に声をかけられた。財布なんか持ってどこ行くんだろ。
「はいはい。てか、どこ行くの?」
「あー、うん。ちょっくらコンビニ」
「え? 今からコンビニ? なら私も一緒に行こっ」
「もう時間遅ぇし志穂は待ってろ、オッケー?」
「は、はあ」
なんか若干の怪しさっていうか挙動不審さが否めない颯汰を見送り、私は颯汰の部屋へ向かった──。
「はぁーあ」
私の大きなため息の原因は、可愛い子ちゃんがエッチな姿であれこれしてる本や、可愛い子ちゃんがあれこれしてるエッチなDVDやらが普段どぉーり置いてある。これ、全部捨ててやろうかな。私に対する嫌がらせだとは思いませんか?
「ただいまーって、なんだよコレ。なんの嫌がらせだ」
「おかえりー。それはこっちのセリフですけどー?」
私は可愛い子ちゃん達のDVDやら本やらを全っ部ダンボールの中へ詰め込んだ。捨てられてないだけありがたいと思ってほしい。
「おいおい、勘弁してくれよ。志穂、お前まさかこういうの『浮気者! サイテー!』とか思うタイプ……? いやいや、コレとソレとは別でしょうが。な? 落ち着けよ」
「イケメンがエッチな姿であれこれしてる本とか、イケメンがあれこれしてるエッチなDVDを私が持ってたらどうする? 許してくれるのかしら、あなたは」
ジトーッとした目で睨み付けると、あからさまに動揺し始めた颯汰。
「お、お、おう……? ま、まあ、志穂がそういう“趣味”って言うなら? ま、まあ……“趣味”だし? 別にいいとは思うけど?」
「へえー。だったら今すぐイケメンのエッチなDVDアマジョンでポチろうかな」
ポケットからスマホを取り出した瞬間、ドタバタしながら私のスマホを勢いよく奪った颯汰。
「おいおいおい、やめとけやめとけ。そんなもんやめとけって。イケメンなら目の前にいんだろ、な?」
「あんたの目の前にも超絶可愛い子がいんだろ。な? 捨てるか隠せよソレ」
一切瞬きすることなく、ジーッと颯汰の瞳を見続けた。すると、渋々クローゼットの奥へダンボールを押し込んだ颯汰。
「てか現物無くてもよくない? エロ本だって電子でいいじゃん。DVDじゃなくてもスマホで観れるじゃん」
「紙媒体を廃らすわけにはいかん。DVDには特典がついてくんの」
その死ぬのほどドヤ顔なのやめてくれない? うざったい。
「ああそう。もういい」
「志穂は俺がこういう男って知ってても好きなんっ」
「あー、はいはい。そうです、そうですよ。だからもういいって言ったよね?」
「そんな怒んなよ。ま、志穂ってそういうツンツンしたところがたまんらんく可愛いんだけどね。さてと、今からたっぷり愛でてやるから機嫌直せよ。な?」
ニヤッとしながら颯汰が手にしている小さな箱。その箱を振ってカタカタいわせながら私に近づいてくる。
「わざわざソレを買いにコンビニへ行ったわけ?」
「うん、そりゃそうだろ。今まで俺がどんだけ我慢してきたか体に教えてやるよ、蕩けるまでたっぷりとな」
「あの、気取ってるところ悪いけど私今生理中」
ガタガタと音を立てながら崩れ落ちる颯汰を鼻で嘲笑う私。
「で、腹痛くねぇの? 腰とか。辛くねえ? いつも死んでんじゃん」
「なんか今回軽いんだよね」
「そっか。ま、でも冷やすなよ。ほれ、来いよ」
ベッドの上に寝転んでベシベシとマットレスを叩いている。私がコロンと寝転ぶと、優しく抱き寄せてすっぽり私を包み込む颯汰。
「これで冷えねぇだろ」
「……あの、暑いんですけど」
「まあ、そう言うなって。おやすみ」
「おやすみ」
── 数日後
「ちょっと颯汰、これどういうこと」
颯汰の部屋に訪れると、可愛い子ちゃんのエロ本とDVDが普段どぉーり置かれていた。
「いやっ、なんつーか、片付けるの忘れてた~みたいな?」
「私が来る時はしまっとくんじゃなかったっけ?」
「悪い! マジで悪かった!」
「嫌がらせ? だったら私も買うから、イケメンのっ」
「ダメだっつってんだろ!」
「絶対買ってやる!」
大喧嘩が勃発したのは言うまでもない。
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