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かき喰へば  作者: 合羽 洋式
第一章 火種
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第一章 五 農園の主




 農園に到着した浦須たちは、若者顔負けの体力を持った元気のよい老夫婦に出迎えられた後、「作物の出来具合を見ておきたい」と言う伊奈岐に従い、いくつかの畑と果樹が数本ひと塊りに生っている場所を見て廻った。農園に入る正面の門からは建物の陰で見え難いが、敷地の奥にそれぞれ柿の木が手前の列に3本、りんごの木が柿の木の後列に3本、その左隣に桃の木が1本、と果樹が横二列に分かれて並んでいる場所があるのだ。


 「趣味の域は出てないんだけどねぇ。ここに来る楽しみの一つさ」


 そう言って伊奈岐は含羞んだような笑顔を見せた。

 趣味とは言っているが果樹の成長は概ね順調なようで、りんごの木は3本とも赤々と色づいた果実を実らせており、今まさに収穫の真っ盛りだという。柿の木もまだ季節外れのはずだが3本ある内の2本に青い渋柿がぽつぽつと実っている。それ以外の木も果実こそ今のところは生っていないものの、幹や枝葉は大きく育っており、やがて訪れるであろう収穫の季節に期待を寄せることができそうだ。


 「ここに植えてあるのは各地で取り寄せた珍しい品種ばかりでねぇ。浦須くんが持ってたのと同じようなものさ。ーーまあ、お前さんのはその中でも格別だけどね」


 通常よりも早く実を実らせている2本の柿の木と同じように、他の木も何か変わった特徴を持っているのだろうか。流石に浦須が母から譲り受けたあの種以上に珍奇なものはないと思うが、それでもこれから成長していく姿が楽しみだ。


 ーーーそうなると、


 「その種はそこの柿の木の隣に植えるんですね?」


 伊奈岐の手の中にある曰く付きの母が遺した種、今は花柄の刺繍があしらわれた質の良さそうな布袋に包まれているそれを見てから、浦須は手前の3本の柿の木の左隣、後列の桃の木の手前に空いた空間に目を向けた。


 「ああ、そのつもりさ。広さは十分だと思うけど、あんまり大きくなるようなら場所も考えないといけないのかねぇ」


 ひとまずは管理の効率を考えて同じ場所に植えるが、あまりにも大きく成長し過ぎてしまった場合は、その木を他のもっと広い場所に移すか、他の木の位置を変えるなどしなければならないだろう。まだまだ半信半疑とはいえ、言い伝えには『大樹』になるとあったため、気に留めておいた方がいいかもしれない。

 浦須もまた伊奈岐と同じように腕を組みながら考え込んでいると、それを横目で見聞きしていた伊佐方が、


 「おいおい、またそんなよくわからんのを植えて大丈夫なのかよ。育てるのはじいやとばあやなんだから、ばあやも何か言ってやったらどうだ?」


 何やら怪しげな物を敷地の中に植えようとしていることに対する憂慮と共に、それを育てることになる老婆に話の水を向けた。

 しかし、そんな伊佐方の心配にも老婆は首を横に振り、


 「奥様が持って来られるものはどれも面白いものばかりですじゃ。じいさんとあーでもない、こーでもない言いながら、あれこれ考えて工夫するのも中々楽しいもんですじゃ」


 「老人のちょっとした生きがいですじゃ」と皺を深めて笑う老婆の様子に伊佐方は呆れ顔のまま溜息を吐く。


 「じいやとばあやにはよく助けられてるよ。それもよくわかってるつもりさねぇ」


 老婆と伊佐方の二人を交互に見ながら、伊佐方が老夫婦のことを心配していることについて理解を示した。そのことに、老婆は畏まった様子で頭を下げ、一方の伊佐方は、


 「ばあやがいいって言うなら、別にいいんだけどよ、」


 今まで見せてきた顔とは異なる真剣な、でもどこか寂しげな目で伊奈岐を見据え、


 「ーーー母さんは、」


 何か言い掛けたが、後に続く言葉は躊躇うように彼女から視線を切って続けようとしない。しかし、それを横目で一瞥した伊奈岐は、伊佐方が続けようとした言葉の先をまるで読んでいるように、


 「ああ。ーーーわかってるよ」


 青空にぼんやりと浮かぶ薄雲を眺めながら、ぽつりと呟くのだった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 畑や果樹の出来具合を一通り見届けた浦須たち一行はその後、農園の主である岩津がいる建物へ向かった。

 正門でこの建物を見掛けた時から既にわかってはいたが、改めて近くで見てみるとその大きさを実感する。

 どうやら1階の大部分が倉庫になっているらしく、建物が大きいのはこの倉庫を備えた構造の影響に依るもののようだ。

 1階の倉庫はいくつかの区画に分けられており、この農園で収穫されたであろう野菜や果物がたくさん置かれた場所や農具が纏めて置かれている場所がある。概ね区画毎に用途や分類も分かれているらしいが、


 「ーーーあれ?あの辺りは?」


 織物や陶芸品が纏めて陳列されているすぐ近くに唐辛子、胡椒などの香辛料が詰められた壺がいくつも置かれているような、一見して用途や分類の分けがない場所がある。あれは…


 「ありゃ『戦利品』だよ。ウチの商会、まあここにあるののほとんどは姉さんが各地の商人と取引をして得たものなんだけどな」


 物珍しそうに辺りを見回す浦須に、気を回した伊佐方が応えた。


 この辺りではあまり出回らない珍品、あるいは種々の事情で伸びた需要に追いつかず品不足が起きている物品。それらをいち早く、そして安く買い付け、仕入れ値に色を付けて高く売る。

 伊奈岐商会は問屋業を生業に数多くの契約を成立させ、名を上げてきた。店とこの農園に備えた倉庫に置かれている多くの品々は、まさに伊奈岐商会にとっての名声・富を象徴するものであり、『戦利品』とそう伊佐方が称することにも頷ける。

 そういう意味で言えば『素人目で見たところの』という但し書きは付くものの、この農園の倉庫に置かれている品々の数や質から、農園を経営する岩津の商才の高さや辣腕ぶりが窺えるというものだ。


 「いや、実際大したものだと思うよ。あの子に農園の経営を任せてから、契約の数も規模も大きくなってるし、商会の収益もどんどん増えてるんだよねぇ」


 「わが娘ながら中々の才さ」と浦須の推測を補足するように、伊奈岐がしみじみと頷きながら付け加えた。


 「まあ、姉さんがあんまり頑張るもんだから、おかげで店の経理は姉さんとこの管理が増えて悲鳴上げてるけどな」


 「それは嬉しい悲鳴ってもんじゃないかい?」


 「違ぇねえや」


 冗談交じりに皮肉を言う伊佐方も肩を竦ませて呆れた仕草を見せてはいるが、伊奈岐と同様に姉の才覚を疑っている様子はない。

 いや、むしろ姉の優秀さを認めているからこそ、それを否定することはなく、それでいて身内贔屓が過ぎないよう、あえて突き放した言い方をしているのだろう。


 「何だか岩津さんってとんでもない方のような気がするんですけど、俺みたいなのが会っても大丈夫なんですかね?」


 「それは、」


 「ーーーあら、いくら褒め言葉のつもりでも、女性に対して『とんでもない』は、ちょっと私、どうかと思いますよ?」


 浦須の憂慮に対して伊奈岐が何かを口にしかけるーーーそれを遮るようにして、今までに聞いたことがない女性の声が浦須の鼓膜を打った。そちらを振り向けば、品の良い朱色の着物の袖で口元を隠した若い女性が奥の階段のすぐ側に佇んでいた。


 「おや、降りてきていたのかい、岩津」


 悪戯っぽい目で笑みを浮かべるその女性は、これから会いに行く予定の、そして先程から話題に上っている、農園の経営者で浦須の上司となる、『岩津』その人であると、伊奈岐がその女性に声を掛けたことでわかった。

 いや、正確には声を聞いたその時から「もしや、そうではないか?」とある種、予感めいたものを浦須は感じ取っていた。


 「はい。何だか賑やかな声が下から聞こえてきたものですから。でも話を聞いてたら自分のことを褒める話ばかりで…」


 「中々出づらかったんですよ」と困り眉で笑う彼女が言うには、階段を降りている途中で浦須たちが話している話題が自らに及んでいることを知り、階段の陰に隠れるようにして様子を見ていたのだとか。


 「でも、そうしたら、」


 浦須の失礼な発言があり、それを指摘するような形で浦須たちの前に姿を見せたということだ。


 と、伊奈岐と話をしていた彼女の視線が再び浦須の方へ向いたことで、そこでハッと我に返った浦須は、


 「すみません!俺、岩津さんに失礼なことを言ってしまいました…」


 慌てて頭を下げ、自らの軽率な発言を謝罪した。

 浦須からすれば今後自分の上司となり、そして自らを匿ってもらう後見人として、岩津の不興を買うことは何としても避けなければならない。

 だと言うのに、意図していなかったとはいえ、無礼と捉えられてしまうような発言を本人に聞かれてしまった。何と愚かなことだろうか。

 岩津との関係が破綻したが為に、伊奈岐との交渉が破談するかもしれない。そんな最悪の可能性が頭を過ったことで、呆然と立ち尽くすことしかできないでいた浦須であったが、ここに来てようやく岩津に対して頭を下げて謝罪を口にすることができた。

 そんなある種切迫した様子の浦須に対して岩津は「いえいえ、そんなことは」と首を横に振ってから、


 「むしろ私の方が謝らないといけないですね。あなたをダシにしてしまったことと、」


 自分にこそ非があるとした上で、岩津は「それから」と言葉を継いで、


 「浦須さん。あなたをそのように不安にさせてしまったことを」


 じっと浦須の目を覗き込むように見つめがら、焦燥する浦須を案じるように優しく言葉を掛けた。


 「あ……」


 浦須は惚けた顔で一言、ならぬ一音を発することしかできなかった。


 それは自分の失言が岩津の不興を買わずに済んだことに安堵したこともそうだし、初対面でまだ知らない筈の自分の名前を呼ばれたことに虚を突かれたこともそうだ。浦須を見つめるその瞳が、浦須を案じるその言葉が、浦須の心の内側をも見通しているかのような錯覚を思わせたこともそうである。あるいは、ーーーーーーーー


 そして岩津は、そんな浦須の間の抜けた沈黙をどう受け取ったのか、一度背を向けてから横顔だけで振り向いて、


 「私に話があるんですよね?上でお話を聞かせて下さい」


 微笑を讃えたその横顔から浦須は目を離すことができなかった。



ここまで読んで下さりありがとうございます。

連投は一旦ここまでにさせていただきます。

次回投稿は8/28の予定です。

どうぞよろしくお願いします。

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