間章 日ノ本に口福を!
最初から最後までよく分からない依頼だった。
最初に依頼主から依頼が届いてから、依頼を実行し、報酬が支払われるまでの間のやり取りが全て文を通じて行われており、結局依頼主の顔も分からないまま、仕事が終わってしまった。
「まあ、それ自体は別に珍しい話じゃないんだけどね」
私のような裏社会に棲まう住人に舞い込む仕事の大半は、後暗い、訳ありの、汚れ仕事だ。そのため、自らの素性を明かさない依頼主も多く、覆面で顔を隠していたり、壁や御簾越しに声だけを聞いたり、今回のように文を寄越して一切立ち会わないということもたまにあったりする。だから、今回依頼主の素性がわからなかったというのは、それ自体は別に珍しい話ではないし、私にとってもそこまで興味を持つような事柄ではない。ーーーないのだが、
「…なんだか解せないわよね」
文に書かれた依頼内容の一つに『指定の場所にいる少年をいたぶり、恐怖を植え付ける。ただし少年の命は奪ってはならない』というものがあった。
相手に恐怖心を抱かせる理由は様々だ。借金の取り立てのためだったり、政敵を失脚させるためだったり、いざこざがあった相手への嫌がらせだったり、時には夫婦の痴話喧嘩で依頼が出されることもあったりする。
そして、どこまでやっていいのかも当然依頼によって異なり、脅迫状を出して終わる簡単なものから、関係者の命を奪いに奪ってそれを達成するものまで、程度にもかなり差がある。
今回は命を奪うことまではせず相手を怖がらせる、というものでその背景やどの程度怖がらせばいいのか、など不明な点も多い。そしてこういった曖昧な部分が多く、比較的軽い内容の依頼は、依頼主が思いつきや衝動で出している場合が多く、コロコロと依頼内容が変わったり、十分な報酬が用意されないまま依頼主が行方知れずになるハズレ案件であることがザラだ。
「まあ、その場合は依頼主もろとも存在を消してあげるんだけど」
表の仕事にせよ裏の仕事にせよ、信用が大事なのは同じ。むしろ裏稼業の方がそういった面の重要性が高いのかもしれない。私たちの仕事は舐められたらそこで終わりだ。だから、舐めた態度を取られたら、相応以上の仕返しで答えてやらなければならない。
今回の依頼もまずはその線を疑ってみたのだが、
「でも、実際あの子が居たわけだし、報酬もちゃんと支払われてる。というか多過ぎるわ、これ」
パンパンに硬貨が詰まった巾着袋の口紐を指で弄びながら、半分呆れの混じった溜息を零した。困惑するのも当然だ。依頼の内容に比して、支払われた報酬の額は相場から見て3倍は高い。となると、これだけの報酬を払っておいて、いい加減な依頼を出すというのはあまり考えにくい。
「ほんと、ワケが分からないわ。ーーーまあでも、それ以上にワケが分からないのは、」
「あれれぇーー?お姉さん知らないの?お仕事のモクテキとか、イライヌシさまのこととか、おいらたちは知らなくていいんだよー」
「うるさい子ね。毒盛るわよ」
この依頼には私以外の同業者も参加していた。
そして目の前にいるこの生意気な子どもは件の同業者で名前は、くり坊という。名前と言っても仕事上の二つ名で本名は知らないし、興味もない。その辺を彷徨いている年端もいかない浮浪児にしか見えないが、裏の世界ではそこそこ有名で、『火炎のくり坊』『火の悪魔』『放火童子』などと呼ばれて、あちこちに火を付けて回っている。ーーーまあ、私から言わせれば、美しさの欠片もない醜い放火魔でしかないのだけれど。
「あなた、あの子のこと殺そうとしてたでしょ。書いてあったわよね、殺しちゃダメだって」
床を這いずって現れた少年の息は荒々しく、肌は赤く腫れ上がっていた。衣服が黒く焼け焦げてボロボロになっている様子からもわかる通り、短くない間全身を炎に包まれていたのだろう。少年の姿を確認した時には既に火は消えていたが少年の身体からは湯気のような煙が立ち上っていた。もう少し火に焼かれている時間が長かったら、命を落としていた可能性もある。
「えー、そんなことないよ。おいらはお兄さんのことこわがらせようとしてただけだって」
「フン、どうかしら。気色悪い笑い声も聞こえていたし、どうせ見境なく殺ろうと、ーーーチッ」
「!ーーーうわぁっ!?」
殺気を感じた瞬間に後ろに飛び退くと、重厚な風切り音と共に巨大な質量の何かが目前に振り下ろされていた。くり坊も気づいて避けたが、それが振り下ろされた際の風圧で姿勢を崩して尻餅をついていた。
「ーーー嗚呼、哀しきかな。哀しきかな」
私とくり坊が居た場所に巨大な何かーーー大きな臼に持ち手の棒が付いた巨大な槌のようなものを振り下ろしたのは、坊主頭に僧衣の巨躯の老人だった。
「……なんの真似かしら。『臼曳』」
臼曳は滂沱と涙を流して悲嘆に暮れている。その様はまるで身内や伴侶に先立たれた哀れな老いぼれのそれだが、残念ながらこいつはただの老いぼれではない。
こいつもまた同じ依頼を受けた同業者。ーーーそして裏の世界の住人で名を知らない者がいない腕利きの殺し屋だ。
これまで請け負ってきた汚れ仕事は数知れず、長年この業界の頂点に立ち続けてきた。生ける伝説のような存在だ。
「相変わらずの怪力ね。衰えってものを知らないのかしら」
肉体の全盛期などとうの昔に過ぎた耄碌じじいのはずなのに、両腕を広げたくらいの大きさの石塊の槌を簡単に振り回し、今もその巨大な質量を片腕一本で一分も動かさないまま支えている。
少年を襲った時も、屋根から飛び下りた勢いのまま槌を振り下ろしていたのでそのまま少年の頭を潰してしまうかと思ったが、結局すんでのところで止めてみせていた。常外の膂力でなければできない芸当だ。そしてそういった筋肉達磨は俊敏さに欠けるのが常套なので、大きく動いた後の隙をついて素早く急所を狙えば案外殺すことも難しくないのだが、
「誰ぞを殺めることを常に頭に置き、それを実行せんとする。…嗚呼、哀しきかな」
臼曳から攻撃を受けた時、お返しに毒針を投げ付けたのだが、片腕は振り下ろした槌を維持したまま、もう片方の腕だけで僧衣の裾を巧みに振るい、叩き落とされてしまった。
くり坊の方も体勢をすぐに立て直して隠し持っていたらしい小刀で突貫しようとしていたが、睨みをきかせる臼曳に隙がないと分かるや突貫を諦め、小刀を後ろ手に構えるに留めていた。
どうやら臼曳は私やくり坊の反撃の姿勢を咎めているつもりのようだが、
「……それ、あなたに言われる筋合いはないと思うんだけど。避けてなかったら死んでたわよ、私もそこの汚らわしい坊やも」
「あの程度でお主らを殺せるとは思っておらぬ。拙僧はお主らとは違うのでござる」
当たらないと思ったから、殺意はないと言いたいらしい。ーーーとんだ詭弁、だが、
「はいはい。あなたと私じゃ違うわね、それは」
こいつとはまともに会話が通じ合うこと自体期待しない方がよい。頭のおかしな連中が多い裏の世界の住人の中でもこいつは飛び抜けている。これ以上の追及は無意味なので適当に合わせてこの話は終わりにする。
「それで?終わったの?あなたの供養とやらは?」
私たちに攻撃をする前、臼曳は死体を埋葬して弔っていた。僧侶の真似でテキトーな念仏を唱えていたようだが、戻ってきたところを見るにそれもひと通り終わったようだ。「うむ」と頷くと、
「尊き若人の命が失われた。拙僧はそれが、それが!哀しくて堪らぬ…っうぅ!」
「……いや、あなたもその内の一人殺してるでしょ。何を言ってるの?」
今回の依頼ではあのボロクズと化した少年の命を奪うことはなかったが、それとは別に3人の男女の殺害を依頼されていた。私たち殺し屋がそれぞれ一人ずつ、堅物そうな大柄の男を私、女をくり坊、もう一人の男を臼曳が手に掛けている。よって、若者の前途を惜しむ無力な老人かのように咽び泣いて他人事にしているこいつもまた当事者だが、例の通り指摘するだけ詮無いので独り言を呟くに留めた。
「拙僧は、もう人を殺めたくない…!故に!これが!この仕事が!最後でござるっ!!」
涙で濡れる目をゴシゴシと擦ったかと思えば、臼曳は瞳に強い光を灯して唐突に大声で宣言をした。
「それ、前に仕事で一緒になった時も言っていなかったかしら?」
ここ最近になって臼曳は毎度毎度仕事の度にこのようなことを言うようになっていた。年齢を重ねるごとに、自分より年若い者の命が奪われることに嫌悪感を感じるようになったと以前本人の口から聞いたことがある。これまで数知れず累々と死体の山を築いてきた悪鬼羅刹が何を云うかと呆れてしまいそうだが、要はこいつも老いたのだ。並の老いぼれのように歳を食って死生観とやらが変わってしまったのだろう。ーーーその割には身体も動くし、全然足を洗えていないようなのだが。
「む。此度ばかりは本当でござる!拙僧はもうやらぬ!やらぬと言ったらやらぬのだ!」
「はいはい。わかりましたわかりました」
鼻息を荒らげて、ずいっと顔を近づけてくるのを手で抑えながら、また一つため息を吐く。
「あれ?おじいちゃんお仕事やめるのー?やめちゃったら、ナニするの?」
ここまで目を丸くして大人しくしていたくり坊が小首を傾げて臼曳に問いかけた。すると、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに臼曳は破顔して目を輝かせた。ーーーすごく嫌な予感がする。
「ーーー毒蜂!くり坊!拙僧と共に日ノ本一の団子屋を目指そうではないか!!」
ーーーそれから数年。
感動の食感と口当たりを実現する最高の団子を作り出す老店主。
絶品の餡で客人の舌を、持ち前の美貌で客人の目を魅了する看板娘。
熟練の技を思わせるような絶妙な焼き加減で最高の団子を至高の域に引き上げる小さな小さな店員。
彼らが作った至高の団子の噂は食した者の間で瞬く間に広がり、その噂は、隣近所を越え、集落を越え、山野を越え、全国津々浦々にまで広がりを見せた。
斯くして、団子屋『臼栗蜂』は、日ノ本一の甘味処として老若男女に愛されたのだとさ。
一旦連載を終了し、こちらで完結とします。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
続きはまた気が向いたら、書いていこうかなと思っていますが、定番の異世界モノとかも書きたいなと思っていて後回しになると思うのでだいぶ後の話になる気しかしてません笑 生きてる間には書きたい…!笑
今作の再開・新作の開始等、何かしら目処が立ちましたら、お知らせしますのでその際またお付き合いいただけると幸いです。
改めまして最後までお付き合いいただきありがとうございました!




