第一章 二十 名も無き不浄の世界
わたしは、噛んだ。
わたしは、噛まれた。
わたしは、噛み砕いた。
わたしは、噛み砕かれた。
わたしは、噛みちぎった。
わたしは、噛みちぎられた。
わたしは、啄んだ。
わたしは、啄まれた。
わたしは、舐った。
わたしは、舐られた。
わたしは、吸った。
わたしは、吸われた。
わたしは、切った。
わたしは、切られた。
わたしは、切り刻んだ。
わたしは、切り刻まれた。
わたしは、叩いた。
わたしは、叩かれた。
わたしは、粉砕した。
わたしは、粉砕された。
わたしは、すり潰した。
わたしは、すり潰された。
わたしは、踏み潰した。
わたしは、踏み潰された。
わたしは、焼いた。
わたしは、焼かれた。
わたしは、溶かした。
わたしは、溶かされた。
わたしは、分解した。
わたしは、分解された。
わたしは、吸収した。
わたしは、吸収された。
わたしは、生まれ、そして、わたしは、死ぬ。
わたしは、わたしを生かすために死に、わたしは、わたしを殺して生き永らえた。
わたしは、ーーーわたしたちは、自身の命や尊厳をも含めた、あらゆるものをやり取りし、そして、争奪を繰り返す。
わたしたちは、それら醜くも美しい奪い合いの成れの果てだ。
わたしたちは、見ている。
少年に襲い掛かった愚かしき悪辣を。
わたしたちは、見ている。
少年を取り巻くわたしたちの凄惨な最期を。
わたしたちは、見ている。
朱き果実を希求せし者に訪れる悲しき運命を。
わたしたちは、見ている。
わたしたちは、見ている。
わたしたちは、見ている。
わたしたちは、見ている。
『●』が悲劇を繰り返す。果実に宿りし『●』が悲劇を創造せしめるのだ。
繰り返してはならない。繰り返してはならない。
だが『●』は現れる。わたしたちが何を考え、何を企み、何を画策し、何を企図しようとも、『●』は現れる。
『●』の発生は避けられない。『●』の成長は妨げられない。『●』の暗躍は防げない。『●』から逃れることはできない。
『●』に実体はない。実体がないのだからそれを実体である肉体や物質を以て一所に留め置くことは叶わない。故に得られる情報もほとんどなく、わたしたちの間でも実在を疑う者がいる程の曖昧模糊な存在。
だが、『●』は存在する。確実に存在する。
わたしたちは自らの生においてあらゆる選択を『自らの意思』で行っているものと信じて疑わない。
だが、その『自らの意思』とやらが真の意味で自ら発せられたものであるといったい誰が証明できる。
『●』はわたしたちが知らずのうちに、わたしたちの間を移ろい、わたしたちの思考や感情に作用し、破滅の渦中へと誘う。その働きをわたしたちが感知することはない。知るのはいつも決まってわたしたちの目前に地獄が顕現した後だ。
故に、わたしたちが『●』に対してできることはたったの一つだけ。
わたしたちは、『見ている』ほかない。
わたしたちはたいてい『●』なのだから。




