第75話:ラストフロア
「新しいフロアだね」
本のダンジョンも大分踏破してきた。
無機質な寒色の部屋だったエントランスフロア。
これからもたくさんお世話になるだろう、肉狩りのフロア。
多くのオブジェクトが散乱していた、辿る謎のフロア。
そしてこのフロアだ。
見渡すとやはり赤黒チェックの床で、どうやら魔物の気配はない。
本棚もないな。
今までのフロアより小さく、中央やや左側に机と黄色い本が置かれている。
「ユー様、青い本がありません」
「転送のための本がない。とゆーことは、多分ここが最終フロアだね」
頷くうちの子達。
どうせ戻るためには転送本以外の別の仕掛けがあるんだろ。
なくてもあたし達には転移の玉があるからどうでもいいけど。
あたしも随分冒険者としての経験を積んだものだ(まだ一ヶ月も経ってない)。
雰囲気だけでクライマックスがわかるようになった。
アトムが机に置かれた黄色い本をじっと見る。
「こいつも魔力を感じますぜ。ただ、今までの転送本とは感覚が違いやす」
最後にトラップか?
あり得なくはないな。
「あたしが開くよ。一応警戒してて」
黄色い本に手を触れる。
ふむ、触れただけでは反応なし。
青い本と同じで、開くことによって発動する仕掛けだな?
黄色い本を開いた。
青い本を開いたときと違って穏やかな魔力の高まりが感じられ、本が語りだす。
以下の三つの選択肢から選べ。
虹の箱
知識とは
影
……へ?
「何じゃこれ?」
「セレクトするしかない、ね?」
いつも飄々としているダンテも困惑気味だ。
「何選んだかでクエストの成功失敗が決まっちゃうとか?」
「そりゃひでえ」
アトムは怒っているが、クララは苦笑しながら言う。
「ユー様、これはどれを選んだから正解という根拠がありません。お得意のカンで決めてください」
まあわかる。
こんなもん経験でどうにかなるわけじゃなし。
唸れ、あたしの鋭いカン!
「じゃあ、上から行ってみようか。『虹の箱』を選ぶ!」
「一番お宝っぽいからでやすね?」
「トレジャーね!」
「我らはお宝を求める冒険者! もっと言うとお肉と経験値も!」
クララよ、ボソッと欲張りとかゆーな。
うちは実利を求める堅実なパーティーなんだから。
夢とロマンとエンターテインメントも求めるけれども。
あれ? やっぱ欲張りな気がしてきた。
欲張り上等。
グオーーーン、という音がして、少し離れた右側に下へ降りる階段が現れる。
「降りろってことだよねえ?」
「そうでやしょうな」
階段を降りると、さらに狭いフロアだった。
フロアってゆーか地下室?
赤黒チェックの床に宝箱が一つ置いてある。
「やったぜ! 狙い通りお宝だ!」
「トラップかもしれないね」
「嫌なこと言うなあ」
まあ警戒はしなくちゃいけないな。
どこか幾何学的な精緻さを感じさせる意匠で、光沢が確かに虹っぽい。
魔力は感じない、生物でもないとのことなので、あるとすれば物理トラップか。
あたしのカンでも怪しい気はしない。
「躊躇してても仕方ないから開けるよ。万一の際はサポートお願い」
「「「了解!」」」
カギはかかっていない。
重い蓋を持ち上げると、深い青みを帯びた魔宝玉が一つ入っていた。
これは藍珠だ。
ラッキー、これ黄珠や墨珠より高く売れるんだよ。
「よおし、儲かった!」
他に何もなさそうなので上のフロアに戻る。
すると黄色の本と階段との間に、椅子に腰かけたちょうどクララくらいの大きさの人形が出現していた。
「魔力を感じやす……というか、おそらく生きていやすぜ?」
「人形が生きてるんだ?」
金髪ストレートのロングヘア、大きな伏し目がちの碧眼で、可愛らしい顔立ちの人形だ。
ブラウンの帝国宮廷風クラシックドレスと、不釣り合いなほど目立つ赤い靴を身につけている。
優しげな笑みを浮かべる顔はいかにも人形然としているが、立ち上るオーラが明らかに只者ではない。
いや、人形だから只物ではないが正しいのかな?
それなりに戦闘も経験してきている(くどいようだが一ヶ月未満)うちの子達が緊張するほどの存在感だ。
しかし、あたしにはやらねばならぬことがある。
「……ユー様?」「姐御、何を?」「ワッツ?」
人形を通り過ぎ、もう一度黄色い本を開く。
以下の三つの選択肢から選べ。
虹の箱
知識とは
影
やはり。
勝利を確信し、思わず笑みがこぼれちゃうわ。
答えは決まっている。
あたしを騙そうったってそーはいくか。
「二番目の『知識とは』を選ぶ!」
うちの子達が唖然としている。
こんなことでビックリすんな。
先ほどと同じでグオーーーンという音がする。
見た目変わったところはないようだが?
「……階段が変化してます。おそらく別の場所に降りるのでは?」
階段を降りると、先ほどの宝箱のフロアと同じような狭い場所で、机の上に緑の表紙の本が置かれている。
『知識とは』と書かれたその本を開く。
本の世界は英知の集積である。
英知を引き出せるかは、読者の力量による。
この眠たくなるよーな文言だけか?
侮ったな。
あたしは『自然抵抗』の固有能力持ちだ。
睡眠には耐性があるんだぞ?
よく見るとこの机には引き出しがある。
開けると魔宝玉の藍珠が一つ入っていた。
計算通りだ。
「よおし、儲かった!(二回目)」
「ユー様、どうして二回目も有効だってわかったんですか?」
「あたしは賢いのでこーゆー罠には引っかからないのだ」
「ゴーヨクだからね」
「何だとお!」
笑いながら上のフロアに戻る。
ちょーっと金髪人形の表情が悲しげになった気はするが、気のせいに違いない。
三度黄色い本を開く。
以下の三つの選択肢から選べ。
虹の箱
知……
「三番目の『影』。よろしくお願いしまーす」
本が語り終える前に返事を済ませると、グオーーーンという音が。
階段を降りると、何だかあたしそっくりな人? 人形? がいたから声をかけた。
「あたしのカンが藍珠をくれると告げているんだけど? さっさと出せ。もっといいものくれるんでも一向に構わないけど」
「……さすがあたしのオリジナル」
魔宝玉の藍珠を受け取った。
「よおし、儲かった!(三回目)」
意気揚々と階段を昇る。
「今日はよかったね。コブタも狩れたし、素材もかなり拾えたし、藍珠も三つ手に入れた。じゃあ帰ろうか」
アトムが気の毒そうに言う。
「姐御、人形が涙目になってやすぜ?」
知らんがな。
あたしの責任じゃないわ。
「三択は得意じゃないなあ」
「ユー様は大体いつも全部寄越せって言いますよね」




