第69話:レイノスへ行ってみる
――――――――――二一日目。
フイィィーンシュパパパッ。
来たぞ来たぞギルドへ来たぞ。
「おはよう、ユーラシアさん。朝からチャーミングだね」
角帽がトレードマークのドリフターズギルド総合受付、ポロックさんだ。
ウソのつけない人なので、いつ来てもあたしがチャーミングだと真実を語る。
人気者はつらいよ。
べつにつらくないけど。
「おっはよー、ポロックさん。ギルドからレイノスって近いんでしょ? どっち行けばいいかな?」
「今からレイノスへ? 精霊連れでかい?」
「うん」
ポロックさんが微妙な顔をする。
やはりレイノスがノーマル人以外にとって厳しい町だというのは本当らしい。
あたしがクララを連れていくと聞き、心配してこの表情なのだろう。
ポロックさんはいい人だ。
「……ユーラシアさんはレイノスは初めてかい?」
「初めてだよ。楽しみなんだ」
「そうか……レイノスはちょっと難しい町なんだよね。初めて行くなら……あっ、いいところに。アンちゃんセリカちゃーん!」
通りかかったアンセリを呼び止めるポロックさん。
どうでもいいけど、アンセリにはちゃん付けなんだな。
「君達レイノスには割と詳しいだろう? 実はユーラシアさんがレイノスに行きたいそうなんだ」
「レイノスですか? 何をしに?」
「大きい獲物をバラす時に使う、でっかい包丁が欲しいの。大きい町なら手に入るかと思って」
アンとセリカが顔を見合す。
困惑したような顔だ。
何だ? 気になるじゃないか。
セリカがおずおずと話し始める。
「ユーラシアさんもお聞き及びかもしれませんが、レイノスはとても差別が激しいところなのです。精霊連れでレイノスへ行くのはかなり危険だと思います」
やっぱその話か。
そしてアンセリはポロックさんよりもレイノスの危険度は高いと考えているみたいだ。
必ずトラブルになると思ってるような。
アンが決然として言う。
「いや、ユーラシアさんが行くなら、わたし達がお供しよう。ならば十分戦える」
「戦う? 経験値にもお肉にもならない戦いは御免被りたいとゆーか」
「おいおい、物騒なことは止めてくれよ?」
ポロックさんが慌てて言う。
アンも戦うて。
大げさなことになりそうなのか?
「早い話が、クララが面白くない目に遭うかもってこと?」
三人とも頷く。
うーん、レイノスをよく知っているのだろうこの三人の共通見解か。
無視できないな。
「ノーマル人以外には非難の目が浴びせられる町なんだ。いや、外町の人はそんなに気にしないんだが、上流階級の中町に住んでるやつらがね」
「でもエルフはともかく、獣人なんか外町さえも入れてもらえないんだ」
「クララさんを連れていくのは難しい、と我は思うのですが」
「中町の住人は自分達、自分達以外のノーマル人、亜人という具合に、明確にランク付けしているんだ。亜人がレイノスに入ることなんかまずないけれども、同じノーマル人でも外町の住人とはしょっちゅう揉め事を起こしているんだよ」
ふうむ、なるほど?
話を聞く限りでは、亜人が差別されるのは間違いないようだ。
でもクララは亜人じゃないしな?
精霊のポジションが曖昧な気がする。
「レイノスの住人は、精霊をよく知ってるのかなあ?」
ポロックさんが首を振る。
「いや、どうだろうな。外町の旅商人は見たことくらいならあるかもしれない。でも一番面倒くさくて厄介な、特権意識に凝り固まった中町の連中は、精霊なんか気に留めたこともないはずさ。何しろレイノスから出ることすらないんだから」
「じゃあ多分、問題ないよ」
自信たっぷりのあたしを、ポロックさんとアンセリが不可解そうな顔で見る。
◇
「今日は訓練休みなのかー」
「うむ、マウさんが神経痛でな」
「昨日、張り切り過ぎてしまったのでしょうか」
結局アンセリの二人がレイノスまでの案内役を買って出てくれた。
悪いねえ、お昼は何か奢るからね。
レイノスのような大きい町が近いこの辺でも、道を間違えると危険な魔物が出るエリアがあるんだそーな。
やっぱりドーラは魔物が怖い。
まだまだあたし達も油断しちゃいけないな。
レベル上げに励まねば。
「見えるでしょう、あれがレイノスさ」
丘を越えて見通しのよいところまで来ると、すぐ城壁に囲まれた大きな町が見える。
これは一度来たことがあれば迷わないな。
さすがにドーラ植民地最初の植民集落、えらく立派な町だ。
ギルドからゆっくり歩いても三〇分くらいだろう。
本当に近いな。
「ポロックさんの言ってた、レイノスの中町外町ってのは何なん?」
アンセリの説明によると、レイノスは港を中心とした『中町』と、『中町』を取り巻く『外町』からなるという。
「中町の住人はドーラ人であってドーラ人じゃないんです」
「どゆこと?」
「中町の住人はカル帝国に直接納税し、帝国の市民権を持ってるんです」
「……つまりドーラに住んでるけど、帝国本土の人と同じ権利を持っている?」
「ああ。ドーラのルールには縛られない。極端な話、中町住人がドーラ人を殺したとしても、おそらく大した罪にならないだろう」
「何それ、怖い」
「揶揄して『上級市民』とも呼ばれています。彼ら自身帝国市民である特権を強く意識していますから、我らから見ると横柄な振る舞いが目立つのです」
セリカが悔しそうに言う。
嫌な目に遭ったことでもあるのかな?
「顕著な特徴の一つがノーマル人至上主義なんだ」
アンが説明してくれる。
「亜人と呼ばれる種族、ドワーフやエルフ、獣人らは、帝国からの移住者ですらない、ドーラの先住民でしょう? 露骨に差別の対象になるんだ。精霊がどうなのかはわからないけれど……」
「あんた達にすらわからないなら、上級市民達にもわからないに違いないよ。こっちが一方的に決めてやればいい」
「「え?」」
アンセリが虚を突かれたような声を出す。
「どういうことですか?」
「こういうことだよ」
皆の頭を近くに寄せ、あたしの計画を話した。
アンセリの顔が驚愕の色に染まる。
こらクララ、ユー様は悪いことを考えてる時はとても嬉しそうです、とでも思ってるんだろう?
違うよ、今回はいいことを考えているんだよ。
「……とゆーこと」
「お、面白い……」
「絡まれるのが楽しみになってきちゃいましたねえ」
ハハッ、クララも楽しそう。
レイノスはすぐそこだ。
アンセリの故郷カトマスでは、一四歳で成人になると固有能力を調べるんだそーな。
へー、いい習慣だねえって言ったら、二人とも不機嫌になった。
何でだ? 嫌な思い出でもあるのか?




