第357話:新輸送隊員アレク誕生
「で、さっきも言ったように、輸送隊員はあたしがレベル三〇くらいまでレベルを上げまーす」
「えっ、レベル三〇? 冒険者でも一流じゃない?」
「上級冒険者とされる目安のレベルだね。世界最強の輸送隊としてはそれくらいがいいかなと思ってるんだ」
「気安く言うなあ」
レベル上げ自体はあたしにかかればどうってことはないのだ。
……帝国と戦争になった時にカラーズを守る人員として輸送隊を考えている。
いずれアレクにも話さねばいけないが、デス爺に言っとく方が先かな?
「レベルを上げれば当然ステータス値は上がるじゃん? 身体能力弱々のアレクでも、まあまあ逞しくなっちゃう。エルもアレクを見直しちゃうわけだ」
「そ、そうかな……」
ハハッ、見直すも何も、おそらくエルはアレクを男性として見てないけどなニヤニヤ。
「ここまでが状況的にアレクが向いてるかなって理由ね」
「いや、ボク自身のメリットもわかるよ。輸送隊に入れば給金ももらえるし、大人子供の職責の区別はない。レイノスで見聞広めることもできる。図書室にこもってるよりいい、ってことなんだろ?」
「合ってるけどもう一つ、エルの方の理由もあるんだ」
「エルさんの? どういうこと?」
ちょっと声を落とす。
「デス爺にどこまで聞いてるかな? エルは異世界人で、閉じ込められていたところをじっちゃんが転移でこっちの世界へ連れてきた」
「うん、聞いてる」
「向こうの世界の事情は全く知る術がない。でも消えたエルを探してるという可能性は疑うべきでしょ? エルはこっちの世界を気に入っているから、ずっといたいと言っている。だからあたし達は向こうの世界がエルを連れ戻そうとしているなら、エルを隠さなきゃいけない」
アレクが無言で頷く。
「エルがゴーグルを装着しているのは、特徴的な赤い瞳を隠すため。もう一つ特徴的なのが……」
「エルさんの服装か」
「そうそう。で、あの服装をこっちの世界で流行らせちゃえば紛れるよね、ってことで青の民族長セレシアさんと動いてるんだ。エルがカラーズでアレクと会ったのは、セレシアさんにエルの服装を見せるため、じっちゃんに連れてきてもらった時」
「あっ、あれはそういうことだったのか……」
アレクが落ち着くのを待って続ける。
「とゆー理由もあって、あたしはセレシアさんの服屋を後押しするんだよ。当然カラーズ内だけじゃ影響は限定的過ぎるから、もっと人口の多いところでやる」
「レイノスか」
「ピンポーン。レイノスのいい場所に空き店舗を借りることには成功したんだ。近日中に青の民の服屋がオープンするよ。あんたが輸送隊員としてレイノスに行くなら、流行度合いもチェックできるでしょ?」
「……ああ」
セレシアファッションの流行度合いはエルの安全度に関わる。
アレクが知ることができるなら有益だし、対策も立てやすいだろう。
「でもセレシアさんのファッションが当たるかどうかはサッパリ」
「こればかりはねえ」
「当たってくれるとありがたいんだよなー。だって初めてのカラーズ発のショップになるじゃん? 当たればカラーズのものはいいってイメージを植えつけられるから。カラーズ~レイノス間の交易を活発にできそう」
「ユー姉の策は二重三重に意味があるよね」
「思慮深さが脳みそからこぼれ落ちてるでしょ?」
「こぼれ落ちた部分だけ見ると賢そうなんだけどなあ」
弟分の分際で何をゆーか。
あたしは跳ねたクセっ毛から足の小指の先まで全部賢いわ。
「レイノスのいい場所の空き店を貸してくれた元商人、イシュトバーンさんっていうんだけど、セレシアさんに宿題出してるの。見事に結果を出したら力貸してやるって」
「イシュトバーンって聞いたことあるな。かなりあちこち飛び回って財を成した人じゃなかったっけ? ユー姉はそんな人と知り合いなんだ?」
「カラーズの交易始めようとした時に、間に入ってくれたヨハンさんっていう商人の伝手で知り合ったんだよね」
「どんな人?」
「スケベジジイだよ。でも単なるスケベジジイではないかな」
アレクが呆れる。
「どんなスケベジジイなの」
「いい女しか相手にしないスケベジジイだよ」
どっと笑い。
「セレシアさんの店が当たる当たらないは正直未知数なんだけどね。やれることはやってる」
「うん、伝わった」
あとアレクのメリットと言えば。
「エルにお土産も買えるよ。本買うつもりなら給金じゃいくら貯めても厳しいだろうから、レイノスで何か仕入れてカラーズで売りな。交易商気取って儲ければいいよ」
「わかった、輸送隊やるよ」
よーし、オーケー。
「ユー姉は色々考えてるんだねえ」
「あたしの偉大さを把握した?」
「うん」
何ということだ。
クララに相談する。
「大変だ、アレクが素直だよ。熱でも出してるに違いない。カゼは『ヒール』じゃ治らないんだっけ?」
「ユー姉は冒険者になって本当に変わったって。いや、化けの皮が剥がれたのかな? すごく生き生きしてる」
「何だ化けの皮って。一皮剥けた、くらいにしといてくれればいいのに」
心地よい笑い。
「アレクはいつまで塔の村にいるつもりなんだっけ?」
「ええと、灰の民の村は今日雨なんだよね? じゃあ明日お爺様に送ってもらって帰ることにしようかな」
「転移術って難しいの? アレクも研究してるんでしょ?」
「かなり難しい。自分だけでやろうと思うと危険だから、お爺様に手ほどき受けた方がいいって考え直してる」
アレクも独力でかなりのところまで研究を進めてるんだろうな。
少なくとも理論では。
「じゃあ、あたし帰るよ」
「レイカさんやリリーさんに会っていかないの?」
「いや、夕方になったら戻ってくるよ。まだ時間があるから」
「落ち着きがないなあ。ちょん切れたばかりのトカゲの尻尾みたいだ」
「せめて本体の方にしてくれない?」
アハハ。
転移の玉を起動して帰宅する。
◇
「姐御、夕方まで魔境へ行きやすかい?」
「行きたいね。でもその前にバエちゃんとこ行って、明日の夜お肉食べよーって言ってくるよ。ついでに新しいスキルスクロール入荷してるか確認して、アトム用の『五月雨連撃』を一本買ってくる。あんた達は休憩してて」
「「「了解!」」」
すぐさまチュートリアルルームへ。
この辺が落ち着きないと言われる所以かもしれないけど。
あたしが灰の民の村から出て一番寂しがってるのは、実はアレクなんじゃないかって気がする。
可愛い弟分だからなるべく構ってやる。




