第348話:祭りの後
「いや、注文主はイシュトバーンさんだから、要求を無視するようなことはしないはずだよ」
セレシアさんが商売のことをわかってるかと言われると、どーかな? と思わざるを得ない。
ただファッションデザイナーとしては大したもんだと思う。
店を貸してくれた恩のあるイシュトバーンさんの希望は絶対に通すはず。
一方でお付きの女性二人の言うこともある程度は聞くだろうしな?
「じゃあ露出が少ないのに扇情的ってことか? どうやって?」
「いや、あたしじゃ全然わかんないけど」
セレシアさんどうするつもりだろ?
どうやら今回のエンタメポイントだ。
楽しみだなあ。
「旦那様、お帰りなさいませ」
イシュトバーンさん家に到着。
「じゃあ、あたしは帰るね」
「おう、また来い」
門を出るとラルフ君達が待っていてくれていた。
「あっ、ありがとう!」
お土産用のフライを受け取る。
魚フライフェスは大変充実したイベントになった。
うちの子達にも食べさせて、感動を分かち合いたいのだ。
「クエストは順調?」
「はい。自分はレベル一八になりました」
「おお、やるね!」
『アトラスの冒険者』はクエスト終了時の経験値が多いので、一般的な冒険者よりレベルアップが早い。
しかし帝国と戦争になることを考えると……。
可能ならラルフ君パーティーも魔境レベリングしたいものだが、極度に嫌がってるしな。
戦時でもレイノス東の警備なら、中級冒険者レベルで何とかなるか?
「師匠は今後どうされるおつもりですか?」
「んーフェスがあるから後回しにしてたことがあるんだ。片付けとかないと。クエストも進めたいしねえ」
クエスト進めるって言っても、魔宝玉を狩りに行くだけなんだが。
魔境に行くのがライフワークみたいになってきたなあ。
「じゃあね、また会おう」
「師匠もお気を付けて」
転移の玉を起動し帰宅する。
◇
「大成功だったよ! これでレイノスの人は魚を食べてくれるし、カラーズの酢も売れる。万々歳だ!」
「よかったでやすねえ」
帰宅後、お土産の魚フライを食べさせながらお喋りする。
クララは薬草のスープを出してくれた。
「でも海の王国から買うばっかりになっちゃいますよね?」
「問題はそこなんだよなー。クララは賢いね」
「えへへー」
「騙されちゃいけないね。あれはボスが都合の悪い時のウェイね」
「ダンテは失敬だな。今日は都合悪くないわ」
皆で笑う。
交易の不均衡がよくないのはわかってるんだが、どうせ戦争で地上の物資は足りなくなるだろうしな。
しばらくはしょうがない。
「戦争があるから、という事情はニューディブラ女王に話しておくべきかと」
「もっともだね」
クララの言う通りだ。
地上の事情に巻き込みたくはないが、説明はしとかないといけないだろう。
今後いい関係を続けるためにも必要なことだ。
明日雨だったな。
海の王国へ行くか。
「ダンテ、明日からの天気ってどこが雨になる?」
「トゥモローは魔境以外はレインね。トゥモローのトゥモローはタワーでレイン上がるけど、ここはまだレイン、そのまたトゥモローには晴れるね」
「魔境は降らないのか。じゃ明日はコブタを土産にして海の王国行ってから魔境、明後日は塔の村ね」
「「「了解!」」」
チュートリアルルームに本当に新しいスキルスクロールが入っているか。
入ってないならいつ入るか確認だけしときたいけど、まあ時間空いたときでいいや。
「今日は以上かな。寝よう!」
◇
「サイナスさん、おやすみ」
『こらこら、何のための通信だ』
寝る前恒例のヴィル通信だけど……。
「今日、老人介護してたから疲れた」
『今日魚フライフェスだったんじゃなかったか?』
「そーとも言う。イシュトバーンさんは足が悪いんだよね。で、抱っこして連れ回してたから」
『なるほど、老人介護だな。大変じゃないか』
「え? いや、大変なのを本気にされると困っちゃうな。ただの冗談テイストだと思ってもらえれば」
『何なんだ、一体』
何故ならパワフルなのはレベルカンスト女子の常識だから。
『フェスはどうだったんだい?』
「大成功だったよ。魚フライにまよねえずっていう図式もレイノス市民に刷り込んだから、酢はこれで安泰」
『おかしいな、すごくあくどいやり方に聞こえる』
アハハと笑い合う。
あくどくはないわ。
真っ当な商売の基本だわ。
「黒の民のピンクマンとサフラン、今日こっちで見なかったんだよ。あの二人目立つから、いれば気付いたと思うんだけどな」
『緩衝地帯のショップの売り子にも出てなかったぞ?』
「とゆーことはラボだったか」
新しい器材の調整に時間かかるのかも。
『酢の生産には手伝えることないんだろ?』
「ないねえ」
酢の生産ノウハウも呪術のことも知らんもん。
こればっかりは仕方ない。
「掃討戦で灰の民がもらった土地、村の東側の。どうなってるの?」
『今日、作物の植えつけと種蒔きが終わったところだ』
「秋植えの作物間に合ったんだ?」
かなり広い土地だったのに頑張ったなあ。
『予定よりは遅いが仕方ない。帝国との開戦を考えると、できるだけ手を打って農作物の生産力を上げておかないとな』
「戦争、どうやら一ヶ月後くらいになりそうなんだ」
『えっ? そんなに早いのか?』
サイナスさんの愕然とした声。
「確定の情報ソースじゃないけど、あたしは間違いないと思ってる」
『わかった、一ヶ月後開戦のつもりで動く』
「頼むね。西域からレイノスへの流通ルートが、帝国のゲリラ部隊に切られそうなんだ。西は『アトラスの冒険者』の受け持ちになりそうだけど、数が足りてないから。魚があっても西からの供給が絶たれると厳しいんだよねー」
『あっ、君そういう目算があって魚フェスやったのか? レイノスの食料事情を考えて?』
「まあね。酢の販促だけでこんな大掛かりなフェスやったって、誰も動いてくれないって」
『何とまあ……』
「呆れるんじゃなくて尊敬してくれないと」
『でもユーラシアは尊敬されるより、可愛いの美少女のって言われた方が嬉しいんだろう?』
「サイナスさんさすがだね! 一五歳の乙女として、美少女礼賛は譲れないところだよ」
『ハハッ、今日は疲れたんだろう? ゆっくりおやすみ』
「うん、おやすみなさい。ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『了解だぬ!』
今日はいい夢見られそう。
ひたひたと迫り来る戦争の足音。
薄気味悪いなあ。




