第291話:お団子副隊長
「黄の民は来年以降、掃討戦で得た土地で米と塩と生産する計画があるんだよ」
「米? 帝国から輸入している高級食材の?」
「クー川の豊富な水があれば可能なのだ」
ヨハンさんが何度も頷いている。
パラキアスさんやデス爺が西アルハーン平原の魔物掃討戦を推し進めた背景には、戦後帝国から多くの移民が来る未来を見据えているからではないかという観測がある。
そーなりゃ当然穀物と塩の増産は必須だ。
塩がレイノスで必要になるのはもちろんのこと、帝国人の食べ慣れている米食がドーラでも一般的になる可能性は十分にある。
「レイノス東の自由開拓民集落でも、少量は米を作っているんですよ」
「掃討戦跡地での米作りの参考になるかもしれぬな。調査させてもらおう」
「米を大量生産できるとなれば非常に楽しみですな。食生活の大きな変革を期待できます」
「面白くなるねえ」
マジで米作りを始めるとなれば、絶対に売らねばならん。
移民が来るかもなんてフワフワした可能性じゃなくて、絶対に売るとなればアレが有力だ。
かれえらいす、あの刺激的な香りに抵抗することはできまい。
来年にはかれえの試作品を作れるだろうしな。
ドーラ版かれえらいすが完成し、大量に供給することができれば絶対にブームになる。
したがって米は売れるのだ。
ヨハンさんが人懐っこい笑顔を見せる。
「ユーラシアさん、今日は有意義な一日でしたよ」
「今後ともよろしくお願いしまーす」
◇
ラルフ君パパ一行は意気揚々と帰っていった。
引退商人イシュトバーンさんとの面会の日は、追って連絡をくれるそうだ。
どんな人だろうな?
ラルフ君パパが立志伝中の商人って言ってたし、家に招待できるのをあんなに喜んでたから、相当な人物だとは思うけど。
「ふむ、無事終わったな」
「やっぱりフェイさんとこに任せてよかったよ」
黄の民はデカいからインパクトが違うのだ。
我思う、ゆえにインパクト重要。
「輸送隊の人員は早めに選定しておいた方がいいか?」
「そーだね。どうせ輸送隊は固定じゃなくて兼業になるだろうから、多めでいいんじゃないかなと思う」
隊長と副隊長は固定が理想だが、それ以外は流動的な方が経験を積ませることができていいくらいだ。
さて、輸送隊員になりたい人いるかな?
レイノスへ行けるんだから、積極的な人好奇心旺盛な人はやりたいと思うんだけど。
「輸送隊の長にはズシェンを据えたいのだ」
「いいと思う。でも眼帯君が隊長だと補佐の人が重要だね」
眼帯の大男ズシェンはとにかく目立つので、輸送隊のアイコンとしての機能は十分に果たせる。
あり余るほどのパワーは戦闘力としても重要だ。
ただ頭は強そーじゃないからな?
「ユーラシアはやはり固有能力持ちを育てた方がいいという考えか?」
「他の条件が一緒ならね。でも眼帯君が隊長なら、彼を操縦できる人が優先」
「まさにそうだな」
とゆーか輸送隊の実務を取り仕切れる人がいないといけない。
眼帯男にそんな細かいことができると思えん。
フェイさんも頷く。
「副隊長候補の心当たりある?」
「ある。見てもらおうか。インウェン!」
「あ、女の人なんだ?」
頭にお団子を二つこさえた、スラッとした女性だ。
ややきつめの目付きではあるが、落ち着いた印象を与える薄灰色の瞳が印象深く、知性を感じさせる。
今まであんまり黄の民の女性は頭に残ってなかったけど、こういう人がいたんだな。
しかも……。
「彼女、何かの固有能力持ちだよ」
「ツイてるな。インウェンよ、お主を輸送隊の副隊長に考えている。カラーズ~レイノス間の流通を担う、重要な役割と心得よ」
「はい、謹んで拝命いたします」
おお、嬉しそうだ。
しかしこの喜び方は……?
「ごめんフェイさん。ちょっと彼女と二人だけで話させてくれる?」
「ん? うむ」
インウェンを部屋の隅に引っ張っていく。
「で、フェイさんのどの辺にラブなの?」
「なっ……!」
あたしのラブセンサーは、レベルが上がってから一層磨きがかかったのだ。
おお、インウェンは色白いから赤くなるのが目立つな。
よーするにフェイさん直々に頼まれたから嬉しくなっちゃったんだろ。
「フェイさんに聞いてない? 精霊使いに隠し事はムダだって」
ちょっとフカシたった。
ソワソワするなよ、あたしが虐めてるみたいじゃないか。
玩具にしてるだけだぞ?
「で、どの辺が?」
「や、やはり男らしいところが」
「うん、あたしの見る限り、フェイさんはカラーズで最もできる男だよ」
「そ、そうですよね」
おーおー嬉しそうにニヤニヤ。
浮かれて話があんまり頭に入ってなさそうだから、もうちょい説明しとくか。
「話どこまで聞いてるかわからないけど、カラーズ~レイノス間の交易輸送隊を組織するに当たって、眼帯君を隊長に、あんたを副隊長にってことなんだ。眼帯君を隊長にしとけば舐められにくい、盗賊に襲われにくいってメリットはあるけど、ぶっちゃけ交渉事ができるタイプじゃないから、副隊長の働きはすごく重要」
「そんな重要な役を私に?」
「フェイさんは最初から決めてたみたいだぞ? かなり期待されてるのは間違いない」
「で、でもフェイ様の話題に出る女性と言えばユーラシアさんばかりで」
フェイさん罪な男だよ。
そしてあたしも罪な女。
「美少女精霊使いが話題になるのは当然だろ。でもあたしは皆のアイドルだから、フェイさん一人のものにはならない。わかるね?」
ゴリ押せ。
「は、はい」
「フェイさんの覚えがよくなるチャンスだよ。頑張って」
「頑張ります! でもどうしてフェイ様はズシェンなんかを隊長に……」
うん、疑問はわからんでもない。
「逆にもし眼帯君が黄の民の族長代理なら、フェイさんを輸送隊隊長に選んだりしなかったろうね。まあフェイさんは役者が違うから」
インウェンは『役者が違う』の意味するところを反芻しているようだ。
人材の有効活用はトップの役目だよ。
「最終的には黄の民だけじゃなく、他色の民からも輸送隊の人員は選抜される。眼帯君のコントロールと全体のまとめ役があんたの仕事だよ」
「はい、わかりました」
フェイさんのところに戻る。
「何の話だったのだ?」
「女同士の気合いの入る話だよ」
「うむ。インウェンよ、期待しておるぞ」
「はい!」
ハハッ、楽しみが増えたなーニヤニヤ。
インウェンは見た目はいかにも黄の民なのだが、細かいことに気付く事務向きの、黄の民にいないタイプの女性だ。
フェイさんが評価するだけある。
雰囲気からすると、いいとこの子だと思う。