第287話:おかしなことになったよ
フイィィーンシュパパパッ。
ギルドから帰宅後、うちの子達は家に置いて、チュートリアルルームに一人で飛んできた。
クネクネお姉さんことバエちゃんが声をかけてくる。
「ユーちゃん、いらっしゃい」
「バエちゃん、とてもおかしなことになったよ」
「おかしなこと?」
首を少し傾けるバエちゃん。
「『アトラスの冒険者』の新人のことで」
「ああ、新人が入ったのは知ってるのね。さすがユーちゃん。でもまだチュートリアルルームにも来てないのよ」
「うん、知ってる」
「えっ、何で?」
首の角度が急になったぞ?
フイィィーンシュパパパッ。
あ、来た。
バエちゃんが満面の笑顔でその銀髪の男を迎える。
「ようこそ、ダナリウス・オーランさん。あなたに『アトラスの冒険者』についての説明をいたしましょう」
「へー、ダンってそーゆーフルネームなんだ?」
バエちゃんが驚く。
「あっ、知り合いだった?」
「知り合いも知り合い、おかしなやつだってことまで知ってるよ」
「おかしなやつに言われたぞ? ここもおかしなところだな」
周りを眺めながら言うダン。
「ダンは結構なレベルの冒険者で、ドリフターズギルドに出入りしてるんだ」
「そうだったの?」
「あたしはしょっちゅうチュートリアルルームに出入りしてるじゃん? 今から行くんで付き合えってことになったの」
「ああ、ユーちゃんが来てくれれば話が早くて助かるわ」
ニコニコしてるバエちゃんとニヤニヤしてるダンが対照的だ。
バエちゃんを驚かせてやれそうな場面だけど、あたしはどんな顔してればいいかな?
あたしは素のままでチャーミングだったわ。
「ダンは『アトラスの冒険者』のことはほぼ理解してるよ。ただチュートリアルルームに来るのは初めてだと思うから、何するところか教えてあげて」
「わかったわ」
「あんたがバエちゃんか。ユーラシアの言うように美人だな」
「そ、そお?」
こらクネクネすんな。
バエちゃんったらもう単純な性格をダンに見抜かれてるんだから。
「じゃあ大雑把に『アトラスの冒険者』を説明しますね。簡単に言うと冒険者を職業として成り立たせるため、報酬と経験値を得られるクエストを配給するシステムです。『アトラスの冒険者』が『地図の石板』を得ると、ホームに転送魔法陣が設置されます」
「ああ、わかってる」
「転送先のクエストを解決してください。『地図の石板』は、そのクエストを完遂可能であるレベルに達している場合にのみ、発給されます」
「ここへの転送魔法陣があるってことは、クエストもあるんだな?」
おお、やるじゃないか。
理解が早いな。
物事スムーズに進むからバエちゃんも嬉しそう。
「ではクエスト完了条件を先に満たしておきましょうか。出でよ、邪悪なる存在、テストモンスターよ!」
剣と盾を持った戦士のような外見の、ぼんやりした影が現れる。
あたしの時も同じだったけど、バエちゃんノリノリだ。
チュートリアルルームの数少ない楽しみなのかもしれない。
「おお、魔物か?」
「レベル一でも楽勝で勝てる、弱い練習用魔物だよ。とっとと片付けて」
「わかったぜ」
テストモンスターを軽く一振りで仕留めるダン。
当たり前。
「強い強い、素晴らしいです!」
「バエちゃん、本来は先に武器支給するんじゃなかったの?」
「あっ、そうだった!」
ポンコツさ加減は相変わらずだなー。
給料下げられちゃうぞ?
「見ての通りダンは初級者じゃないから、自分の武器を持ってるんだ。支給品の武器はいらない。ステータス見るパネルで確認してくれる?」
「わかったわ」
青っぽいパネルが起動される。
ダンが触れると文字がたくさん浮かんできた。
「これはあれか。ギルドの入り口、ポロックさんの後ろに設置してあるやつと同じフルステータスパネル?」
「うん。完全に同じものかは知らんけど、これも固有能力とステータスパラメーターが表示されるよ」
バエちゃんが映し出された情報を読み上げる。
「固有能力は『タフ』、クリティカル無効でガード時の防御力が格段に高い、前衛盾役向きの能力です。レベルが四九。えっ、四九?」
「おかしなことになってるでしょ?」
「おかしなことになってるわねえ……どういうこと?」
こっちが聞きたい。
選定の段階でバエちゃんも関わってるっていう話だったろーが。
固有能力とか性格だけ見て、レベルは確認してなかったんだろうけど。
「だから変なんだってば。ダンほどの高レベル者が新たに『アトラスの冒険者』になることってあるの?」
「どうだろう? 聞いたことないけど」
バエちゃんも困惑している。
「ダンは多分、固有能力発現したの最近なんだよ。だから『アトラスの冒険者』に選ばれたんじゃないかなと思うんだけど?」
「理由の一つではあるしょうね。でも『アトラスの冒険者』って、しっかりとした目的を持って行動してる人は選定対象にならないのよ。というか、なすべきことがある人は冒険者なんてやってくれないから」
「理にかなってるね」
以前スライム爺さんが、『地図の石板』は現状に退屈している若者のところへ届くと言ってたな。
つまりダンは自分で情報屋なんて言ってるけど、遊びでやってるだけだとゆーことが証明された。
「特に目的もなくレベル四九ってどういうこと?」
「あ、ごめん。あたしの都合でレベル高くなってて欲しかったから上げた」
「ユーちゃんの都合……ラブい理由で?」
「ラブくない理由で。ダンはあたしの弟子だから」
「弟子じゃねえよ」
「冗談はともかく、こっち戦争になるんだよ。だから戦力が欲しいんだ」
バエちゃんの目が大きく開かれる。
「そうなの……」
「おいおい、戦争になるってことは伏せといた方がいいんじゃないのか?」
「バエちゃんはあたしらの世界の人じゃないんだよ。だからこっちの世界の帝国とドーラの争いに関しては中立」
今度はダンの目が好奇心に満ちて大きく開かれる。
「ほう? となると、『アトラスの冒険者』自体が元々異世界のものってことか?」
「そうだけど内緒だぞ? せっかくうまく回ってる『アトラスの冒険者』のシステムに疑問を持つ人が出始めると、世の中混乱するから。あたしだって『アトラスの冒険者』がなくなって、お肉を狩れなくなったら大迷惑だ」
「ハハッ、了解だ」
問題ないだろ。
ダンは察しのいいやつだから。
あっちにもこっちにもぶっちゃけてるような気がするけど、気のせいってことにしよう。