第280話:ナイチチ好きだとは知らなかった
フイィィーンシュパパパッ。
海の王国にやって来た。
今日は海の女王の他、塔の村のデス爺、エルのパーティーとともにお肉の宴だ。
ワクワクするなあ。
今から叩けさあ叩けと言わんばかりの魅惑的なフォルムをした銅鑼を前にした時、ダンテが無慈悲に言った。
「ボス。ベルを鳴らす必要はないね。もうスタンバってるね」
「そこを勘弁して叩かせてくれないかなあ。この銅鑼鳴らすとスッキリするじゃん?」
まだ昼まで時間あるぞ?
早めに来たつもりだったのに、もう皆がいる。
どんだけお肉食事会が楽しみなんだよ。
あたしも楽しみだけれども!
「おまたせ。女王、いつものコブタマンのお肉だよ。そしてもう一つ、高級食材として名高いワイバーンの卵を持ってきました。じゃーん!」
「おお、さすがはユーラシア! これは美味いのか?」
「美味いって話だけど、実はあたしも食べたことないんだ」
「楽しみであるの。これ、調理室に調理場へ運んでたもれ」
「「「はっ!」」」
「こちらへ」
大きなテーブルに設えた席に案内される。
そーいや海底の料理人は、ワイバーンの卵をうまく扱えるのかな?
魚卵とは全然違うと思うけど。
もっともあたしもワイバーンの卵をどう料理したらおいしいとか知らんから、センスにお任せだな。
「ねえアレク、この場に相応しくない人がいるよ?」
「ユー姉は失礼だな。さすがにボクもお爺様に出ていけなんて言えないよ」
「あんただよあんた! 栗毛のキノコ髪はいらない子だよ!」
デス爺の孫にしてあたしの弟分アレク。
灰の民の村にいたはずなのに、どーして今ここにいるんだ?
まったくもって謎!
「いや、今日はエルさんがいるから」
「えっ?」
「エルさんと一緒に食事できる機会を逃したくないと思って」
えーとそれはつまりいわゆる結局のところあれですか?
何言ってるんだか自分でわからねえ。
いや、エルは真面目だし、人形みたいに可愛い顔してる子だから、アレクが惹かれたって全然意外ではない。
でもどこかでアレクとエルの接点なんてあったかな?
「エルにほの字であると?」
「表現が古いな」
「あたしのことは遊びだったの?」
「お友達でいましょ」
ちょっと見ない間にアレク成長したな。
あたしのラブセンサーは優秀なはずなんだけど、えらく冷静だからどこまで本気かわからん。
とゆーかあたしにツッコまれることは想定済みで、受け答えをシミュレーションしてたんじゃないかな。
ならばここは搦め手で。
「ふーん、アレクがナイチチ好きだとは知らなかった」
「誰がナイチチだ!」
エルが怒って立ち上がる。
かかったぞ、サディスティック精霊コケシとアイコンタクト。
「ユーラシアさん、真実は人を傷つけるものです」
「真実が許されないなら、偽りで膨らむとでも言うのかな?」
「偽りではありません。希望で膨らませるのですよ」
「じゃあエルには希望がないの?」
「夢も希望もありません!」
「ぐはっ!」
あ、しまった。
海の一族は悪魔と関係が微妙なんだっけ?
特効薬のヴィル呼べないな、どうしよう。
「アレク、ぎゅーしてやってよ」
「えっ? じゃじゃあ、ぎゅー」
「癒されるか! いい加減にしろ!」
意味なく罵倒されたアレク、いやースッキリした。
コケシも前菜としてはまずまずですねみたいな顔してんぞ。
まったく趣味の悪い精霊だこと。
「ハハハッ、地上の漫才は面白いな! さあ、肉が運ばれてきたぞよ」
エルが持ってきたタワーバットであろう。
洞窟コウモリ似の肉質なら、おそらくフルコンブ塩は合うはず。
デス爺に海底産の素敵商品をアピールしておくか。
「じっちゃん、これに女王の塩振って食べてみてよ」
「ふむ、女王よ、塩をお借りしますぞ」
「遠慮のう使ってたもれ」
塩を振って肉にかぶりつくデス爺。
「これは!」
「おいしいでしょ? これ海底の特別製の旨みたっぷり海藻入りの塩なんだよ。粒々した黒いやつが海藻の粉ね」
他の面々からも歓声が上がる。
「本当だ、すごくおいしい!」
「味がクッキリしてる!」
「でりしゃすぴょ~ん」
こらちょんまげ、反応愉快過ぎんぞ。
ちょんまげって、エルのパーティーでは芸人枠なのかな?
「女王よ、この塩は高価なのですかな?」
「これは売り物ではないのじゃ」
女王があたしをチラッと見る。
「この塩は焼いたあとのお肉にかけると最高に美味いけど、海底ではお肉を食べる文化がないでしょ? だから女王専用なんだ。ちなみに入ってる海藻はフルコンブって言って、大事に大事に育てられてる旨みの濃い特別製。だからこの塩、売ろうと思ったらメチャクチャ高くなるんだよ」
「ふむ……少々残念じゃの」
フルコンブ単体では販売可能だけど、塔の村向きの商材じゃないだろ。
高級品はお金持ち向け、つまりレイノスとの交易が実現した時の切り札にしたい。
「女王、この塩が地上でウケることはわかったでしょ? フルコンブほどじゃなくても、普通のコンブでも旨みは多いよ。普通のコンブを粉にしたものを混ぜた塩だったらかなり安く出せるんじゃない?」
「おお、それなら普通の塩と大して変わらぬ値段で出せるぞよ」
「売ろう! フルコンブ塩ほどじゃなくても、旨みの強いおいしい塩だよ。コンブ塩が十分普及したら、特級品のフルコンブ塩売りつけよう!」
「これ、ユーラシア! お主はどういう立場なのじゃ!」
「あたしは交易活発派だよ。地上からだって売るものはあるでしょ? お肉とか野菜とか、海底には甘いものがない気がするから、そっち方面も交易品としていいと思うんだ」
「食べるものばっかりだ……」
アレクよ、食べ物こそラブアンドピースだよ。
エルのラブすら掴めない君には、理解しがたいことかも知れないが。
ま、海の王国は塔の村と商売するなら、新鮮な魚を売ればいいんじゃないかな。
ドーラに馴染みのない魚食を、塔の村から広めよう。
続いてワイバーンの卵が目玉焼きにされて出てきた。
おお、デカい。
放射状に切り分けてあるが、特に黄身の面積の広さが特徴的だな。
見るからに美味そう。
「ふむ、これも塩がよく合いそうじゃの」
女王が興味津々だ。
あたしもそう思う。
「これは美味いぜ!」
「サイコーね!」
「……」
コケシよ、何故黙っているんだ。
あんたの口からポジティブな言葉は発せられないのか?
女王もあまりのおいしさにのたうち回っている。
皆で食べると御飯もおいしい。
それにしてもアレクほどあたしを知ってる人間にポーカーフェイスを貫かれると、なかなかその心中を察するのは難しいもんだ。




