第2266話:形にならないキレ
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
毎晩恒例のヴィル通信だ。
「ウシの尻尾」
『は? またおかしな入りだな。つまり『オーランファーム』の息子の冒険者ダン氏にもらったのは、ウシの尻尾だったんだな?』
「サイナスさんすげえ!」
『まあまあ。才能が溢れてしまう』
「最近あたしに似てきたって誰かに言われてない?」
『言われてない』
「何でだろ? あたしが認めるくらいキレがあるけどな」
『しかし形にならないキレ』
「マジでやるなあ」
そのキレを族長として発揮してください。
ただキレよりも食の方が大事なので。
「ウシの尻尾を輪切りにしたやつをたくさんもらってさ。通常は従業員のまかないになってるんだそーな。煮ほぐして食べてるとか」
『ウシの尻尾の輪切りだと、真ん中に骨があるわけか』
「そーだね」
『食べづらい気はするな。どうしても煮ほぐす方向に思考が向く』
「お肉って見た目で味わうところがあるじゃん? どんって出されると大御馳走」
『わかる。しかし尻尾ではどうだろう?』
いや、見た目はかなりインパクトあるんだよ。
何これって感じがするもん。
「クララがおいしいスープにしました」
『スープか。丸ごと?』
「そうそう。丸ごとだとお肉っぽいじゃん。煮ほぐすんだと茹で汁の方がムダになっちゃうからさ。骨が真ん中に入ってると、いいダシが出るんだよ」
確かに煮ないと食べづらいことはその通りなのだ。
煮汁を有効活用するために、尻尾はスープかシチューが最適解だろう。
『なるほど、美味そうだね』
「やや脂のしつこいところをショウガの辛みで抑えるでしょ? 海藻から旨みを加えて塩で味付け。仕上げに刻みネギを散らします。クララ渾身の調理です」
『寝る前にそんなこと言われると腹が減るなあ。今度食べさせてくれよ』
「残念ながらもうウシの尻尾を手に入れる当てがないなあ」
『マッドオーロックスの尻尾でいいから』
「その手があったか」
ウシっぽいもんな。
今度マッドオーロックス狩ったら、尻尾も大事に回収しよっと。
「尻尾スープは満足したからまーいーや。魚のそぼろの方なんだけど」
『そっちは煮ほぐしていいのか?』
「元々売り物にならない魚の加工だって言うし。とゆーか魚はお肉ほどワクワクしなくない?」
『ドーラ人特有の感想かもしれないけどな』
「そーかも。とにかく今日炊いた米にかけて食べたら大変おいしかったです』
非常に完成度が高かった。
これもまた米食普及の推進材料になり得る有望な食品だ。
『移民に技術指導してやってくれよ』
「これ完成品食べただけで、作ってるとこ見たわけじゃないんだ。簡単な料理だとは思うけどコツはあるのかも。クララが研究するだろうから、結果待ちかな」
『今日は平和な話題から入ったけど、大きなイベントはなかったのかい?』
「特には。あっ、でもダンテが極大魔法撃ったわ」
『大事じゃないか。どんな場面で?』
「大したことじゃないんだ。土木工事の補助?」
ヴォルヴァヘイム近くの昔聖風樹が生えてた地域に街道がほにゃらら。
「……ってわけ。帝国の国土大臣が調査に来ててさ。可能なら街道の位置を変えたいってことで」
『で、極大魔法かい? 相変わらず剛腕だな』
「いやあ照れる」
『褒めてないからな?』
こういうのは気の持ちよう。
あたしは褒められた気でいるから、全く問題ない。
「プリンスルキウス陛下は、本気で聖風樹林を作ろうって気になってるね。大臣を派遣して街道の位置を変えようとするくらいだと」
『聖風樹林を蘇らせたからって、必ずしも巨大魔物の発生を食い止めることができるとは限らないんだろう?』
「まあねえ。魔力が安定してでっかい魔物が出なくなるんじゃないかってのは、あくまでも仮説の段階だし」
『ムダになるかもしれないじゃないか』
「サービスなんじゃないかと思うんだ」
『サービス?』
「ヴォルヴァヘイム近くの集落の人達は、一〇年に一度くらい魔境クラスの魔物が出ちゃう土地に頑張って住んでるわけじゃん? 聖風樹はたとえ魔物発生に対して効果がなくても、有用な木材になることは間違いないから、プレゼントしてあげたかったんじゃないかな?」
聖風樹林業が本格化すればかなりの儲けが出そう。
プリンスの心の内はわからんけど、そーゆーことやりそうな人ではある。
「あと今日ヤヨイちゃんに会った」
『帝都の叩き売りチャキチャキギャルだな? ポスター見る限りあまりチャキチャキっぽくないんだが』
「イシュトバーンさんの絵は、ちょこちょこ詐欺が入るんだよなー」
詐欺って言っていいのかわからんけど。
「ヤヨイちゃんとこの店、セレシアさんのファッション着てくるお客さんが多いみたいで。でもセレシアさんの服は大店の『ケーニッヒバウム』でしか売ってないじゃん? とゆーか『ケーニッヒバウム』が総代理店になってるから、帝国では他で売れないという。ヤヨイちゃんガッカリ」
『ファンシーショップだったか? ヤヨイちゃんは看板娘というだけじゃなくて、経営にも関わっているのかい?』
「あっ、言ってなかったか。あそこはヤヨイちゃん自身が好きにしてる店だな。いい場所なんだよね。親からもらったのかパトロンがいるのかは知らんけど」
『これはユーラシアが手を貸した流れだな? 何をどうした?』
「ドーラに連れてきてセレシアさんとこのレイノス本店見せて、一着作ってもらうことになった。帝国には量産品しかないわけじゃん? ヤヨイちゃんが一点もの着てると、お客さんからの評判もいいんじゃないかな」
『ファンシーショップは客ウケがよくなる。商品の認知度が高まることは『ケーニッヒバウム』やセレシア族長にとってもプラスということか』
「そゆこと。ウィンウィンだ。さすがあたし!」
『自分で言わなきゃいいのに』
「正直者だからしょうがないんだよ。対象が自分であってもつい褒めてしまう」
ヤヨイちゃんとはいい付き合いができるといいな。
ペルレ男爵家領のガラス器『かわいいあくま』シリーズも、ヤヨイちゃんの店で扱ってくれるとよさそう。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『了解だぬ!』
明日はモイワチャッカとピラウチの歴史的平和会談の日だ。
先々の楽しみが多いっていいことだ。