第2265話:雄ウシテール
フイィィーンシュパパパッ。
「ユーちゃんいらっしゃい。待ってたわ」
チュートリアルルームにやって来た。
期待に満ちた表情のバエちゃん。
何故なら期待させているから。
「ダンがくれたのウシの尻尾だったんだ」
「尻尾?」
「うん。尻尾を輪切りにしたやつ。今は売り物にできなくて、従業員さん達のまかないの食事になってるんだって」
「おいしいかそうでないかが重要なのだけれど」
「バエちゃんやるね。クララがとろとろお肉のうまーいスープにしてくれたんだ」
「クララちゃん、素敵!」
「えへへー」
小躍りからのクネクネダンスを見せるバエちゃんと照れるクララ。
「わっちが来たぬ!」
「お招きに与り、ありがとう存じます」
「ヴィルちゃんガルちゃんいらっしゃい」
「皆でぎゅー。よーし、野菜炒め作るぞー!」
◇
「おうして~る~と~し~お~み~だ~けで~うまく~くえ~る~き~が~した~よ~」
「バエちゃん今日も絶好調だね。雄ウシテールだか雌ウシテールだかはわからんけれども」
ウシの尻尾スープは実に味わい深い。
濃厚で、コブタマンの骨スープより上品だ。
ショウガのピリッとした辛みと相性がいい。
「これ食べてみると、尻尾が売り物になってないというのは間違いな気がする」
「そうねえ」
「魚のそぼろもおいしいのですわ」
「思った通り炊いた米にピッタリだな。完成度高い」
植物性の何かを加えた方がいいかと思ったけど、そんな隙を感じさせないわ。
これはこれでいいような。
「魚のそぼろは早めにドーラに導入したいな」
「研究してみますよ」
「うん、クララお願い」
炒ってほぐすだけ、味付けが醤油だけならそう研究も必要ないだろ。
いろんな味を試してみたいってことかな?
乾燥させた海藻の粉末を混ぜるのはありな気がする。
クララに期待しよう。
「バエの姉貴、おかわりいただきやす!」
「ミーもね!」
食欲旺盛なのはいいことだ。
あたしももらおうかな。
バエちゃんが言う。
「新『アトラスの冒険者』を旗揚げしたんですって?」
「うん、三日前にね。あたし言わなかったっけ?」
「聞いてないわ。ダンさんに何かもらえるってことしか」
「そーだった。重要なことを話したからもういいやって気になってた」
アハハ、ウシの尻尾の方が重要だった。
「ソール君とゲレゲレさんが教えてくれたの」
「あっ、ゲレゲレさん来たんだ?」
ウサギの獣人ゲレゲレさん。
あたしがチュートリアルルームで初めて会った『アトラスの冒険者』でもある。
ユニコーンのクエストが懐かしいな。
「最後になるからって挨拶しにね」
「律儀だね。ゲレゲレさんらしいなあ」
「新『アトラスの冒険者』は、ユーちゃん主導で発足したんでしょ?」
「そうだね。でも皆やめたくなかったからだよ。現役の『アトラスの冒険者』は全員新『アトラスの冒険者』に移行してくれた」
ドーラの治安維持の面で、何らかの後継組織は必要だったという事情もある。
現行メンバーの中から脱落者が出なかったのはありがたいことだ。
黒字化するためには、あるいはドーラの治安を維持するためには人数が必要だしな。
「どういう感じの組織になるの?」
「おっ、バエちゃんも興味ある? 『アトラスの冒険者』みたいに、『地図の石板』で転送魔法陣をホームに作らせるっていう、ミラクル理不尽なことは到底できないじゃん?」
「不可能でしょうねえ」
「各構成メンバーに、ギルドと自分のホームに行ける転移の玉を持たせてさ。ギルドに主要な各所に飛べる転移石碑を置いてあるの。ギルド経由で色んなとこ行けるよ」
ドーラの治安維持の面では、今まで以上に機能しそう。
塔のダンジョンと魔境が転移先にあるから、稼ぐ面やレベル上げの面においても問題ないだろうしな。
「転移の技術がそちらの世界にあったのは運が良かったわねえ」
「マジでそう。転移術は実験中に何度も事故起こしたらしくて、禁断の術式って言われてるんだそーな。こっちの世界で転移術を実用化してるの、過去の人まで含めてあたしの知る限り二人しかいないんだよ。内一人が身近な人だったってのはほんとラッキー」
これはあたしの持つ豪運の固有能力『ゴールデンラッキー』のおかげなんだろうか?
だとしたら実にありがたいことだな。
様々な偶然に支えられてあたしは今、ここにいる。
「ユーちゃんらしくないこと考えてる気がする」
「察しがいいね。あたしらしくもなく乙女チックおセンチな気分だったよ」
アハハと笑い合う。
こうやってチュートリアルルームで御飯食べられるのも、あと何回あるだろう?
そう考えると、今日カレーじゃなかったのは失敗だったような気がするな。
「バエちゃんとこの世界の情勢はどう? ニュースある?」
「旧王族派が勢いを増しているらしいの。過激化して事件も起きてるみたい」
「ほら見ろ。だから今エルがそっちの世界に帰ったら、完全に二派閥に割れてえらいことになっちゃうとゆーのに。そっちの世界の神様は何を考えてるんだかなー」
「連れ帰ってもえらいことにならない方法があるでしょう?」
「処刑するってこと?」
ゆっくり頷くバエちゃん。
考えていなかったわけじゃないが。
……いや、向こうの世界の神様はそんなことを吹き込み始めたのか。
よろしくないな。
「どんな罪をエルに擦りつけようとしてるのか知らんけど、冤罪だって知れたら政権ひっくり返るぞ? エルがやすやすと捕まったままでいるとも思えんし」
エルが固有能力『運命の申し子』を持っているということを把握してるのか?
危機に陥るほど実力以上の力を発揮するんだぞ?
「エルさんはそっちの世界にいたままの方がいいと思うの」
「バエちゃんだって思うくらいでしょ? でもエルを取り返すことに関しては神様も旧王族派も賛成だから、反対しにくい空気があるんだろうな」
現政権が割を食うバカな話だ。
「ごちそーさま。マリボイラ副評議長からはまだ連絡ないよね?」
「ないわ」
「二日前にでっかいシカの魔物のお肉を食べたんだ。サッパリしてなかなかおいしかったよ」
「えっ? 全然関係ないよね?」
「ないけれども」
バエちゃんは真剣に考えなくてもいいんだって。
お肉のことだけ考えてろ。
「ごちそーさま。また来るよ」
「ええ、またね」
「バイバイぬ!」
転移の玉を起動して帰宅する。
一度だけ牛テールスープをいただいたことがあります。
仙台で。
美味かったですねえ。