第2255話:聖火教徒から新『アトラスの冒険者』を
――――――――――三三八日目。
「思ったより脂が浮くなあ」
「そうですねえ」
昨日ダンにもらったウシの尻尾を煮ている。
一度下茹でしてから煮直した方が臭みが抜けるのでは、というクララのアイデアに従っているのだが。
下茹で段階でかなり脂が抜けたと思いきや、尻尾様を見くびっていたよという状態なのだ。
量が多いということもあるんだろうけどな。
「火を止めて冷ましましょう。脂が固まってきたら取り除いて肉の硬さを確認、その後味付けでいいかと」
「よし、クララに任せた。必要なものある?」
「海藻、ショウガ、塩、仕上げに刻みネギでいいと思います。ショウガがないので欲しいですね」
「買ってくるよ。今なら聖火教徒の集落で朝市やってるはず。お土産にオリーブの苗持ってこ」
四日前、ビバちゃんにもらったやつだ。
もちろんオリーブの苗は灰の民の村に持ってったけど、挿し木の研究するのに一本だけ残してあった。
が、うちでは用途の似たアブラツバキを優先することにしたので、誰かにあげようと考えていたんだよ。
聖火教徒の集落ならピッタリだな。
油は欲しいだろうし、もし将来たくさん取れるようになったらカラーズにもレイノスにも売れる。
輸出まで考えてもいい。
「行ってくる!」
◇
フイィィーンシュパパパッ。
聖火教アルハーン本部礼拝堂にやってきた。
「さて、どーすべ?」
ミスティさんに挨拶してくか、それとも朝市やってる集落の方が先か。
朝市って何時頃までやってるんだろ?
「ユーラシアさんじゃないですか」
「あっ、ミスティさんワッフーおっはよー」
ミスティさんとワッフーが来た。
ちょうどよかったわ。
集落の方行ってたみたいだな。
「ミスティさん、朝早いねえ」
「毎朝五時に起きる習慣ですよ」
「マジか」
「ええ、お祈りと見回りがすんだところです」
宗教指導者ってすごいな。
いや、ここ来るたびにミスティさん朝起きるのメッチャ早くね? と思ってはいた。
五時に起きなきゃいけないのか。
あたしじゃ務まらん。
リリーじゃ絶対務まらん。
「今日はどうされたんです?」
「ショウガを買いに来たんだ。それとこれ、お土産だよ」
「何ですか? 苗?」
「オリーブの木だよ。フェルペダって国で手に入れたの。日当たりのいい場所に植えといてくれるといいな」
「フェルペダ?」
「ずっと東の国だよ。人口はドーラの二〇倍近くありそう」
「大きな国ですね。ユーラシアさんが持ち帰ったところ見ると、そのオリーブというのはかなり有用な木なんですね?」
ハハッ、かなり有用なんですよ。
ミスティさんはあたしが優先順位とゆーものを重視していることをよく知っている。
「実からすげえいい匂いの食用油が取れるの。フェルペダはドーラと同じくらい温暖なところなんだよね。ドーラでも作れるはずだから、これ増やそうかと思って」
「帝国ではどうなんです?」
「南のズデーテンって地区では作られてるみたい。でもメジャーじゃないっぽい。たくさん作って輸出したいな」
フェルペダでいただいた料理からすると、オリーブオイルとニンニクの相性は抜群。
ニンニクの生産量の多い帝国でオリーブの知名度が低く、あまり使われないのは残念なことこの上ない。
しかしフェルペダは国土面積の関係から、大規模に輸出できるほどオリーブオイルを生産できるわけない。
ズデーテンは茶の生産がメインみたいだしな。
ドーラでオリーブ油をたくさん生産できて、使い方を教えてやったら、外貨獲得の大チャンスだ。
「フェルペダにはまだまだドーラに取り入れるとよさそーなものが、たくさんあると思うんだ。いいのがあったらこっちにも持ってくるからよろしくね」
「わかりました。ありがとうございます。それで……」
ミスティさん躊躇してるけど何だ?
「『アトラスの冒険者』は廃止されるんですか?」
「あ、そのことか。今の『アトラスの冒険者』は廃止されちゃう。今月末で」
「随分急なことじゃないか。何かあったのか?」
「発表は三日前なんだけど、実は内々に話は漏れてて。何ヶ月か前から、廃止されるのはわかってたんだ。簡単に言うと、ぶっちゃけ赤字体質だから今の運営本部は手を引くってことだよ」
複雑そうな顔のミスティさんとワッフー。
何でこの二人が深刻なんだろうな?
『アトラスの冒険者』あんまり関係ないと思うけど。
「新『アトラスの冒険者』というのは?」
「本部の都合で『アトラスの冒険者』廃止されたんじゃ、こっちはおまんまの食い上げじゃん? だから今の『アトラスの冒険者』のメンバーに若干名を加えて、後継組織を作ることにしたんだ」
「可能なんですか? 転移転送の技術等は本部に引き上げと聞いていますが?」
パラキアスさんからかな?
半端に情報を伝えたみたいだ。
詳しいことはあたしから聞けってことか。
「転移転送についてはデス爺の転移術があるから、ある程度のことは可能だよ」
さすがに『アトラスの冒険者』みたいに、遠隔で転送魔法陣を設置するようなデタラメはできんけど。
「転移石碑や転移の玉に使う特殊な石の入手先も確保したし、その石を加工してくれるドワーフとも仲良くしてるんで、全然大丈夫。ただなー」
「問題がありますか?」
「完全に独立採算制になるから、今度は赤字になると潰れちゃうんだよなー。本当はドーラ政府がバックにつくべきだと思うけど、ドーラにはそんな組織力もおゼゼもないじゃん? マジで困る」
「「……」」
「ってのはひとまず置いといて、聖火教徒からも新『アトラスの冒険者』のメンバーを出してくれる考えはないかな?」
これはミスティさんとワッフーの虚を突いたようだ。
パラキアスさん不安だけ煽ったみたいだな。
こっちはやりやすいけど。
「何だかんだで情報は集まるよ。一人新『アトラスの冒険者』に送り込んどくのは、聖火教徒のためになると思うけど。一方で新『アトラスの冒険者』も黒字化のためにメンバーの数が欲しいの。まーだけど実力と信頼性を備えてる人はなかなかいないから」
「例えばワフロスでもよろしいですか?」
「ありがたいねえ」
「俺では実力が足りないだろう?」
「少しね。でもレベル上げはあたしが付き合うから心配しなくていいぞ?」
急ぎじゃないから考えといてください。
さて、ショウガ買ってこ。
新『アトラスの冒険者』を、政府によらない統治システムの一環として使えばいい。
具体的には警備と情報の伝達を受け持つってことだよ。
分業分業。