第2247話:『ミラージュフィールド』
フイィィーンシュパパパッ。
「ここはいつ来ても気持ちがいいなあ」
「そうでもないぬよ?」
「聖風樹の森だもんな。ヴィルにとっては不快か。よしよし、ぎゅーしてやろうね」
「ありがとうぬ!」
『不思議の泉』の転送先にやって来た。
どうしてって?
ツノオカでシカ肉を手に入れたからとゆー大正義の理由だな。
たわわ姫にもおすそ分けだ。
「初期に比べりゃ、食生活は格段に向上しやしたぜ」
「それなー。お肉を手に入れられるようになったってのが大きいよね」
「ワイルドグラスばっかりイートしてたね」
「季節の野草はそれはそれでオツなものだけれども」
あれ? ちょっと待てよ?
アトムやダンテが来てからはすぐお肉を狩れる体制になったろうが。
何となく初期って、クララとともに独立した直後のことを考えてたわ。
独立一年目だった去年は確かに野草をよく摘みに行ったなあ。
収穫がどれほどになるかもわからなかったし、アトムとダンテが加わって食い扶持が増えたということもある。
今年はカカシの管理の下で畑が万全の状態にあるので去年ほどではないけれども、それでも野草を摘んで食べる。
貧乏性なのかしらん?
「『アトラスの冒険者』になる前のこと思い出すな。クララがレベルアップの本読んでてさ」
「そうでしたねえ」
「戦闘職に興味はあったんだよ。自分が強くなれば行動範囲が広がるなーと思ったから。ドーラはやっぱり魔物の脅威があるもんねえ」
全員が頷く。
クララはもちろんのこと、アトムダンテもうちのパーティーに参加する前には苦労しただろうし。
とにかく魔物を倒さなきゃ、経験値もおゼゼもお肉も手に入らないのだ。
ドーラでは。
今となっては兼業冒険者はあたしにとって天職だったと言える。
が……。
「武器を手に入れる術がなかったから、冒険者はないなと思ってたよ。生活の保障もないしねえ。こんなにお肉に苦労しなくなると知っていれば、どんなことをしても冒険者を目指したんだけど」
「そうでやすね」
「やってみないとわからんことはあるもんだ」
何でもとりあえずやってみる習慣がついたのは、冒険者になってからだろうか。
もっと前からだったかな。
さて、泉に到着だ。
「ボス、ミーがアックスをスローするね!」
「ん? じゃあ任せた」
ダンテ謎のやる気。
重いもの持つのはあんまり精霊向きの仕事じゃない気はするが、まあレベルも高くなってるからどうってことないか。
斧を泉にどぼーん。
泡とともに現れるたわわ姫。
「あなたが落としたのは金の斧ですか? それとも銀の斧ですか?」
「たわわ姫こんにちはー。こんばんはかな?」
「こんにちはぬ!」
「あっ、ユーラシアさん?」
「何とか言うでっかいシカのお肉を手に入れたんだ。クセがなくてなかなかおいしかったから、一緒に食べない?」
「食べます! バーベキューセット持ってきます!」
◇
「思った通りだ。薄切りの方が美味い」
「ワサビ醤油ととっても合います!」
お昼はステーキだったけど、比較的淡白な肉質だったので、薄切りにしてワサビを利かせるのもいいんじゃないかと考えたのだ。
大正解です。
でも秋になると脂が乗るとか言ってたな。
秋になったらもう一度ステーキを食べてみたい。
「ソルトペッパーもナイスマッチングね」
「野菜も食べてね。ナスニンジンタマネギが焼けてるぞー」
野菜は名脇役だ。
君がいるからお肉がおいしい。
「そーだ。向こうの世界の神様のレス何とかさん。たわわ姫に気があるんだって?」
「みたいです。気持ち悪いったらありゃしません」
顔を顰めるたわわ姫。
向こうの世界の神様も可哀そうだなあ。
でもたわわ姫なんて単純だろうに、気を引けないってのはダメなやつだからのような気もする。
「成績の優秀な人ではあるんでしょ? 人じゃないか、神か」
「事業の成績がいいことは否定できないです。でもそれを嫌味ったらしく自慢するんですよ」
「ちっちゃい男だねえ」
「まったくですよ。たまたま発展する世界を引き当てただけですのに!」
「どこの世界を担当するかは運なんだ?」
「はい」
たわわ姫と向こうの世界の神様は仲が悪いというより、たわわ姫が一方的に嫌ってるんだな。
向こうの世界の神様が仕掛けてくるつまんない駆け引きが、マイナスに作用しているんだろう。
たわわ姫なんて御飯で簡単に釣れるのにな。
ものにできないのは、キザで頭固くて応用の利かないやつだからに違いない。
「こっちの世界も捨てたもんじゃないよ」
「一年前の状況から考えるとすごくいい方向に向かってるんです。ユーラシアさんがいなかったら、『アトラスの冒険者』も継続だった可能性が高かったでしょうし」
「あれ? 『アトラスの冒険者』がなくなるのって、あたしの責任もあるのか」
何げに衝撃だな。
でもあたしが関わんなきゃ『アトラスの冒険者』自体に縁がなかったわけだし、『アトラスの冒険者』じゃなかったらお肉も狩れなかったしな?
これはこれでいいのだ。
今更後ろなんか振り返ってはいられない。
前を向いて進め!
「ユーラシアさんに言われてた件、聞きました」
「何だったっけ?」
「向こうの世界の一番高い建造物について調べといてと言われてた件です」
「それか。ごめんね、嫌なやつと話す機会作っちゃって」
「いえいえ、向こうから話しかけてきた時に、互いの世界で一番高い建物はって具合に誘導しただけですから。自慢たらたらで話してくれましたよ」
「おお、たわわ姫やるね」
ちょっと見直したぞ。
「亜空間超越移動の帰還のビーコンになっているのはその通りです。ビーコンになっているだけで、実際の転送地点は違うらしいんですけど」
「どういうこと? 警備上の関係かな?」
「はい。『ミラージュフィールド』という防衛装置があるそうで」
「何それ?」
「攻撃や破壊の対象になると、建物ごと逃げて避けるらしいです」
「えっ? メッチャすげえ!」
だから無人の建物なのか。
中に入られるといけないから。
おそらく何らかの結界があってヴィルでも入れないだろうし……。
「ごちそーさま。重要な情報だった。たわわ姫ありがとう」
「役に立ちますか?」
「うん。こっちの世界をより発展させるのに使えるか、よく考えてみる。またね」
「バイバイぬ!」
転移の玉を起動し帰宅する。
一筋縄ではいかないぞ?
ビーコンを破壊するためには『ミラージュフィールド』を突破しなきゃならん、か。