第2232話:お肉サンド
「胃が重い」
あたしん家でサンドイッチと野菜スープの昼食を食べたあとの閣下だ。
ルーネは結構パクパク食べてたけどな。
「ごめんね。ドーラの食事は口に合わなかった?」
「いや、美味だったよ。だからこそ食べ過ぎてしまった」
「閣下があまり食べない人だってのは知ってたけど、サンドイッチは軽食だからいいかと思って」
「肉を肉で挟んだものはサンドイッチと言わないんだ」
「そーなの?」
「軽食でもない」
「ドーラは元々帝国の植民地だから常識は大体同じだと思ってたけど、思わぬ文化の差異があるね」
文化の差異じゃないですよって顔をクララがしている。
美少女聖女たるあたしの解釈の違いだったか。
パンの買い置きがなかったから、ついお肉サンドをどーぞしてしまった。
「食後のハーブティーですよ。どーぞ」
「ああ、爽やかでいいね」
「ユーラシアさん、これあの香りの強いタイムですね?」
「そうそう。魔境で発見したやつ。料理に使うのは香りが強過ぎる気がするけど、ハーブティーには最適だね」
いずれエメリッヒさんが香料を作るようになると大活躍しそうな魔境タイムではある。
デニス封爵大臣の息子キーファー君も何か新しい料理を考えつくかもしれないしな。
将来が楽しみ。
閣下がしみじみ言う。
「今日は助かったよ」
「え? 何が?」
「新『アトラスの冒険者』の立ち上げ式だ。取りなしてくれたろう? やはり予はドーラで恨まれているんだな、と思ってね」
そのことか。
そして『やはり』なんだな。
閣下は予測してたのに、今日来てくれたのか。
「こっちこそごめんよ。まだ皆が昔のことを根に持ってるとは思わなかったんだ」
「ハハッ、ユーラシア君は未来志向だからな」
「でもドーラの人には反帝国感情はないですよね?」
「いや、一般の人達はドーラ独立の経緯を知らないの。ふつーに平和裏に独立したものと思ってるから」
とゆーか反帝国感情なんてドーラの発展に不必要だから、行政府も詳しいこと発表しやしないしな。
「ルーネはどこまで知ってるんだっけ?」
「飛空艇のところだけです」
「予も実は報告で上がってきただけしか知らないんだ。ドーラ側でどう見てたかは聞きたいな」
「じゃあ簡単に」
あたしが直接経験したことや、メキスさん率いる潜入工作兵が塔の村に攻め込んだ経緯についてはどうだろう?
閣下が知らないことも多いんじゃないかな。
「最初から行くよ。貿易も人の行き来も滞ってたから、帝国ドーラ間に不穏な空気が流れてる。戦争になりそうってのは、わかってる人にはわかってた」
頷くタイミングが一緒の閣下とルーネ。
親子ですねニヤニヤ。
「でも近海が魚人の支配領域に囲まれてて攻めるのは難しい、ルートが限定されちゃうっていうドーラの特殊性があるじゃん? 艦隊でレイノスを砲撃するだけじゃドーラは降参しないから、じゃあ帝国は何してくるんだってことで浮かび上がったのが、海の一族の監視を抜けて上陸できる小舟と飛空艇ね」
「両方ともかなりの軍事機密だったのだが、どうしてわかったんだい?」
「飛空艇のネタが割れたのは直前だったな。結局『アトラスの冒険者』のクエストで知ることができたっていう偶然があったんだけど、リリーの情報が大きい」
「リリーの? どういうことだ?」
「海の一族の監視を抜ける技術。あれを使ってリリーはドーラに来たんだよ」
「ああ、以前話してくれたね。まさかな」
納得する閣下とわかってなさそうなルーネ。
対照的な反応も面白いですぞニヤニヤ。
「軍事機密なのにリリー叔母様が知っていたという点がまさかなのですか?」
「じゃなくて、すげえ危険な方法だからだと思う」
「その通りだ。リリーがドーラに渡ったことは知っていたが、あんなリスキーな手段を使うとは……」
「チヤホヤされるのが嫌だったみたいだよ。身分を捨ててきたみたいなこと言ってたし」
普通にレイノスに上陸したんじゃ、リリーの思うようにはならなかったかもしれないしな。
何だかんだで悪いやつパラキアスさんに絡め取られて、賓客という名の人質になってたんじゃないか?
レイノスに留めおかれては、冒険者活動なんかできっこなかった。
「リリーがドーラに到着したのもレイノス港じゃなくて、西域に突然現れて」
「なるほど。だからゲリラ兵の後方撹乱活動の可能性に気付いたのか」
「飛空艇についてもリリーのヒントがあったんだ。技術者との会食の時に、資金さえあれば空を飛ぶ巨大な船が製造可能と聞いたと」
「そうだったのか……」
「情報が揃うと帝国の打つ手は読めるじゃん? 工作部隊を密かに上陸させといて生産流通を混乱させ、長期戦に耐えられないようにする。しかる後に飛空艇でドカドカ爆撃」
頷く閣下。
ルーネも真剣。
「行政府にいるパラキアスさん。あれはすげえ悪いやつなんだ。テンケン山岳地帯の聖火教徒反乱の噂があったでしょ?」
「ああ」
「多分パラキアスさんが流した噂なんだよ」
「何だと!」
「当時はまだ飛空艇のことなんか知らなかったから、足元に火がついてるぞドーラなんかに構ってる場合じゃないぞ、っていう作戦だったと思う。帝国の対ドーラ戦は避け得ると考えていたのかもしれない。詳しいことは知らんけど」
「なるほど、理にかなっているな」
「で、その悪いやつがドーラ戦直前にリリーが塔の村にいるっていう、工作部隊向けの情報をリークした」
「……リリーがいるとわかれば、工作部隊は奪還を目指して塔の村を急襲したくなる。攻撃対象を限定する作戦か」
「閣下正解。攻めてくる場所がわかれば、ドーラの冒険者は強いから勝てるんだよね。でも朝方に攻められたから、リリーの機嫌が悪かったって話だよ」
大きくため息を吐く閣下。
「『アトラスの冒険者』はドーラ防衛に関わる任務を負ってたんで、対帝国戦になることは知らされてた。けど一般市民の皆さんには言ってなかったの」
「それはどうしてだい?」
「パニックになったとこ工作部隊にかき回されたんじゃ、被害が大きくなっちゃうからだよ。悪いけど何も知らんままでいてもらった」
「ひどいな。政治的には正しいが。ユーラシア君のアイデアなのかい?」
「まあそう。パラキアスさんも同じこと考えてたと思うけど」
薄く笑う閣下。
ルーネの視線が行ってることにも気付いてない。
ただのお肉とも言う。
でもお肉サンドの方が洒落てる気がしたから。




